博士課程に“就職”?-奨学金なしで飛び込む給料制PhD !【海外大学院受験記2024-#7】

XPLANE連載企画「海外大学院受験記」では、海外大学院への出願を終えたばかりの方の最新の体験を共有していただいています。2024年度の第7回である今回は、今年からベルギーのKU Leuvenの博士課程(化学科)に進学されたひろみさんに寄稿していただきました。

目次

1. 自己紹介と進学先について

こんにちは、ひろみと申します。日本の大学で物理学の学部と修士を終えた後、2024年の6月からベルギーにあるKU Leuvenという大学の化学科で博士課程を始めました。これを執筆している現在、博士課程を始めて3か月が経ちます。

私が進学先に選んだ大学は、ベルギーのオランダ語圏に位置するLeuvenという小さな街にあります。街が大学を中心とする学園都市であるため、街の規模のわりにとてもインターナショナルな環境で、基本的に英語だけで生活できます。私の大学はベルギーの中では最も大きく、研究環境も整っていて、特に学生でありながら職員でもある博士課程の私たちは、とても恵まれた環境にあります(後述)。ベルギーはヨーロッパの中心にあり、アムステルダム、パリ、ロンドンなど国外へも電車で週末旅行を楽しめます。

XPLANEをはじめとした様々なプラットフォームのおかげで、英語圏に大学院留学する人の情報がとても増えている中、ヨーロッパへ留学を決めた私の情報が皆さんの選択肢を広げる一助になればと思います。

キャンパスの隣にあるArenberg城。ここで博士論文公聴会をします。ワクワク。

2. ヨーロッパの博士課程の仕組み

ベルギーに限らず、ヨーロッパ全体における博士課程の基本的な仕組みを説明します。国や大学によって異なることが多々ありますので、出願予定の方は自分でチェックしましょう。(イギリスはヨーロッパの他の国と状況が大きく異なるようで、私にはわからないので、「ただしイギリスを除く」だと思ってください。)

ヨーロッパの大学院は、日本と同じく修士課程と博士課程(PhD)が明確に分かれています。良く言えば日本やほかの国で受けた修士号が認められるということで、悪く言えば修士号やその取得見込みがなければ博士課程への出願資格はありません。そして、PhD生は、お給料を得て経済的に自立して生活できます。研究をすることで所属グループや大学、企業に貢献するので、給与が出るという考え方です。したがって奨学金は必要ではありません。もちろん出願時に奨学金を持っていればポジションをゲットしやすいと思いますが、「給料を出してでも一緒に研究したい」と思ってもらえる環境で働けるチャンスがあるのです。

私が選択したベルギー(のオランダ語圏)の事情を説明すると、PhD生は「学生」と「職員」のメリットを両方受けています。お給料をもらい、社会保障もカバーされていますが、学割が使えて、税金は免除されています。お給料の金額としては、私一人で生活するには十二分な額で、すべてのPhD学生がおおむね同額をもらいます。また、博士課程は基本的に4年間です。

3. 出願方法

ヨーロッパの博士課程の出願方法には2種類あります。1つ目は教授に直接コンタクトを取って博士課程のポジションを空けてもらう方法。この場合は、奨学金を持っていることが優位に働くでしょう。2つ目は教授がすでに公募しているPhDポジションに応募する方法です。ここでは、私自身が行った2つ目の方法を説明します。

各教授は予算に余裕ができたなどの理由でPhD学生を雇いたいときに、そのプロジェクトの公募情報を出します。多くの場合、大学がこのようなJob Vacancyを掲載するためのサイトを持ってます。各大学のサイトを確認するのは面倒なので、簡単に宣伝するためにヨーロッパ中のPhD公募情報をまとめたサイトもあります(FindAPhD, Euraxessなど)。私は、同じ分野の人たちが集うメーリングリストも利用し、公募情報を入手していました。

興味のある公募を見つけたら、履歴書(CV)やMotivation letterなどの指定された書類を大学のサイトを通して提出します。書類が通過すれば面接に呼ばれ、その後採用か不採用かが知らされます。私はXPLANEのSOP執筆支援プログラムを利用し、Motivation letterの執筆をサポートしてもらいました。提出書類も面接方法も教授によって異なり、IELTSなどのスコアや推薦状を要求されることもあれば、面接が複数回行われることもあるそうです。私は、ヨーロッパでPhDポジションを得ることは、まさに就職活動と一緒だなと思っています。奨学金を持たない代わりに、お給料と仕事を獲得するための就職活動なので、競争率は激しく、自分のこれまでの経験と仕事の内容がどれだけマッチしているかが採用のカギです。

4. 私の出願前、出願時の経験と気持ち

学部時代

理工学部物理学科に在籍していました。大学2年生の時に、ドイツに住む友達に会いに初めて国際線に乗り、1週間ドイツ旅行をしました。たった1週間ですがとても楽しくて、その頃からいつか留学してみたいという気持ちが膨らみました。しかし、その後すぐにCovid-19が流行しチャンスが少なかったことと、自分の中に明確な留学したい動機がないことが重なり、具体的には何も動いていませんでした。

XPLANEなどを通してアメリカに大学院留学した人の情報を見ていましたが、出願するために越えなければならないハードルが多く高いな…と感じていました。TOEFL, GREの受験、推薦状のための複数の機関での研究、奨学金への応募など、その全てを頑張って大学院留学したいというモチベーションは当時の私にはありませんでした。

修士課程時代

学部時代と同じ研究室で修士課程を過ごしました。機会に恵まれて、修士1年の秋にフランスで行われた国際会議に参加しました。ポスター発表をしましたが、英語もおぼつかなく、研究もうまく説明できずもどかしい気持ちで、私はここで輝ける人にならなければと思いました。これをきっかけに、オンライン英会話を始めました。

修士2年の夏には3か月間フィンランドで研究留学をする機会に恵まれました。私の英語はまだまだ不十分でしたが、何よりも研究をするための落ち着いた論理的思考力のようなものが足りず、正直、研究滞在としてはうまくいかなかった。この失敗がきっかけで、海外で博士課程をやってやるんだという強い気持ちが固まったと思います。

英語圏への留学がポピュラーだと思いますが、私はむしろ、みんなが非ネイティブの苦労を共有している非英語圏が良いなと思っていました。それまでドイツ、フランス、フィンランドと見てきて、ヨーロッパ以外に行ったことがないというのも大きな理由でした。

出願時

出願するぞと気合を入れてから、XPLANEのSOP執筆支援プログラムの中で、「どうしてPhD留学をしたいのか」「どんな研究がしたいのか」をじっくりと考えました。私は何が物事の基本になるのかに興味があり、物理法則はその最たる例だと思って、物理学科に在籍していました。学部の途中から次第に、その興味が生命っぽいものに移り、生命の基本とは何なのか、生命の基礎を人工的に作る研究ができないかと考え始めました。しかし、私は物理学科出身で、学部修士ともに高分子物理や材料科学を専門に研究を行っていました。そこで、自分の将来やりたい研究と自分のバックグラウンドを繋ぐようなPhDプロジェクトはないか探していました。

そんな中で見つけたのが、現在就いているプロジェクトの公募でした。「人工の高分子を使って細胞膜と同じ機能を作る」というのがプロジェクトの目標で、これまでに物理を通して学んできた高分子の知識も生かせる他、作った膜の性質を評価するときに、私が修士でまさに専門にしてきた手法を使うのというのです。公募を見つけた当時、修士論文を書き終えた後で、とても疲れていて少し休みたい気持ちでしたが、出さなければ後悔すると思い、頑張って準備しました。

選考過程

選考過程はとても単純でした。提出を課されたのはCVとMotivation letterだけ。XPLANEのSOP執筆支援プログラムの助けもあったので、私はMotivation letter を2ページほど書きましたが、たいていの場合1ページで良いそうです。締切間近に書類を提出したこともあり、提出後、半日で面接への招待が来ました。3日後に面接をし、面接の後1日でオファーが来ました。簡単に見えますが、競争率は激しく、定員1人に対して70人の応募者が集まっていたそうです。

私は、Motivation letterで、そのプロジェクトに私の興味関心と非常に近いこと、自分のバックグラウンドが生かせることを丁寧に説明しました。面接では事前に指示された通り、修士のときの研究内容をプレゼンしました。面接は緊張しますが、こちらも指導教員や大学を選ぶ立場にあるので、自分が期待することなどを正直に話しました。面接で十分な英語力を示したということで、本来大学へ提出するIELTSのスコアは免除されました。採用の連絡がきた後、教授にお願いして、既に指導している学生などを紹介してもらい、指導教員としての教授の人柄や街の住みやすさ、大学の雰囲気などを聞き、良さそうだったのでオファーを受けました。

5. 出願を準備している方、出願を迷っている方へ

海外大学院留学を叶えるためにやらなければならないことは正直多いです。英語も上達しないといけないし、自分に合った研究、大学、国を探さないといけないし、実際にオファーをもらわないといけない。普段の学業や仕事と両立しながら、出願準備をこなすのは本当に大変だと思います。もしあなたが、過去の私と同じように、大学院留学という高いハードルにうろたえているなら……覚えておいてほしいのは、「大学院留学は唯一の選択肢ではない」ということです。

私が今のポジションに応募したのは、修士号をもらう直前でした。留学を目指す動機をじっくり考える間に気が付いたのは、私は、広く「留学」がしたいのではなく、「私の能力を求めてくれる人と環境に囲まれながら、自分のやりたい研究をして、博士号を取ること」でした。そのために大学院留学を選んだから、興味の薄いポジションにとにかくたくさん応募する必要もないし、自分で奨学金を獲得する必要もなかった。面接をしてオファーをもらっても、教授が良い人ではなかったら断るつもりでいました。良いポジションがすぐに見つけられなかった場合のために、実家で暮らしながら、夢だった塾の先生のアルバイトをする準備もしていました。

留学しか選択肢がないからと耐え忍んで準備するのではなく、留学以外でも自分は輝けるけど、それでも留学したい時に、ワクワクしながら出願準備をするべきだと思うのです。なぜなら合格をもらうことは最低条件でしかなく、その前に力尽きてしまっては、本来の目標である学位取得は叶わないからです。

大学院留学する人が増え、情報が多くなるにしたがって、「奨学金を取る」や「良い推薦書を」といった情報が画一化され、いずれ、日本の多くの高校生が大学受験で経験するのと同じように、“正しいルート”を目指さなければとみんなが苦しむことになる可能性がある。もちろん全部できたら良いに決まってるけど、全部できる人にしか留学ができないわけではない。自分が見ているものの外にも選択肢があることを忘れず、落ち着いて、あなたの本当の目標を見失わないことが大切だと私は思います。

最後まで読んでくれて、本当にありがとう。私に聞きたいことや私が助けられることがあれば、XPLANEのSlack内で@Hiromi Murashigeに連絡をください。

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ひろみさんが、SoPプログラムにおけるメンターのお二人(アメリカ留学中)と、ヨーロッパとアメリカの博士課程の違いなどにも触れながら支援や出願過程を振り返った座談会です。こちらも合わせてぜひお読みください。

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