英国PhD受験 – 大学院と大学院提供奨学金の選考過程を理解しよう!【海外大学院受験記2025-#1】

XPLANE連載企画「海外大学院受験記」では、海外大学院への出願を終えたばかりの方の最新の体験を共有していただいています。2025年度の第1回である今回は、今年からイギリスのImperial College Londonの博士課程(材料科学)に進学された根岸さんに寄稿していただきました。

初めまして。根岸優大と申します。この春に東京大学情報理工学系研究科コンピュータ科学専攻の修士課程を卒業し、秋からImperial College LondonのDepartment of Materialsで博士後期課程を始めます。修士課程では機械学習の理論研究をしていましたが、博士後期課程では機械学習を用いて結晶材料の開発を加速する研究(AI for Materials)を行う予定です。

自分の受験を振り返り、「前もって知りたかった!」と思ったことや、「あまり知られていないけれど知らないと不利になりそう」と感じた点が伝わるように記事を書いたつもりです。出願前に読んでおいて良かったな、と思って頂けたら嬉しいです。

目次

1. 大学院留学を志した理由

まず、博士後期課程進学を決めた理由からお話しします。私が研究するAI for Materialsはまだ若い分野で、産業界への応用はあまり進んでいません。主にこの分野を牽引しているのは、アカデミアと巨大テック企業の研究チーム、および産業応用の初期段階を担うスタートアップです。そのためまだ技術的に困難なことが多く研究の役割が大きいため、自分も研究に携わりたいと思いました。しかし現状、私にはコンピュータ科学の経験しかなく、いきなり企業のAI for Materialsの研究チームに就職するのは難しいです。そこで、博士課程でコンピュータ科学と材料科学の両方の専門性を身に付けることを目指すことにしました。より一般的な視点でも、PhDを取得するメリットはたくさんあると思います。専門性と学位が得られることに加えて、プロジェクト管理能力や周囲を巻き込む能力などが磨かれるはずです。これらのスキルを身に着けられる博士後期学生は、「起業家」のようなものだと誰かが言っていました。新卒3~4年と比較してPhDで得られるものの方が多いと感じたのが、進学を決めた2つ目の理由です。

日本ではなく海外でのPhDを志望したのにも、いくつか理由があります。まず何より、ワクワクするからです。幼い頃から、海外留学や海外での仕事に憧れてきました。パンデミックで一時は海外挑戦の道が閉ざされてしまいましたが、PhD進学のタイミングで再び挑戦しようという気持ちになりました。もうひとつ重要な理由は、志望研究テーマに強い研究室が、日本より海外にあったからです。これは、自分に限らず多くの方に当てはまると思います。日本の大学数は、世界全体の3.4%しか占めていません。THE世界大学ランキング上位100校あるいは1000校に絞ると、日本の大学は約2%です。つまり、テーマに一番合致する研究室を探すと単純に海外にある確率が高くなると思います。これまでの研究留学がとても楽しかったことなども決断を後押ししてくれました。

2. 志望校の選び方

志望校を決める指針はたくさんありますが、私は、自分がやりたい研究テーマに強い研究室をリストアップすることから始めました。AI for Materialsはまだ歴史が浅いうえ、コンピュータ科学と材料科学の境界領域ということもあり、この段階で既に候補は少なかったです。先行研究の著者や、学会・ワークショップで出会った人の所属するグループを調べて、15校程度に絞りました。

その後、実際に出願する大学を選ぶ際には、XPLANEのこちらの記事を参考にしました。私のように修士からPhDで専攻を変える場合はそもそも受験資格が無い場合があることに注意してください。自分の場合は、志望研究室がコンピュータ科学科に属するケースと材料科学科に属するケースがありました。後者の場合は、材料科学や化学の学士号が応募に必須のことがあり、その場合は泣く泣く出願を断念しました。イギリスの大学院はそのような制約が無いことが多かったです。受験資格を満たしていることを確認してから、他の要素を調べました。指導教員の人柄や研究室の内情は、ホームページだけからはわからないので、そのグループの学生や卒業生に話を聞くようにしました。それでもわからないことは、実際に教授とミーティングをする際(後述)に聞きました。

全ての希望条件を満たすプログラムを見つけるのは困難でしたが、最終的にある程度条件を満たす4校に絞りました。その中で、Imperial College London (ICL) とUniversity College London (UCL) の受験時期が早く、自分の中での志望度も高かったので、まずはこの2つに出願しました。もし落ちてしまったら残りの2校に出願する予定でしたが、結局ICLとUCLから合格を頂けたので、出願することはありませんでした。

3. 教授との最初のミーティングが一番大事!

出願先を決めたら、志望する指導教員にコンタクトメールを送り、ミーティングをしてもらいました。教授からは、「どんな研究に興味あるのか教えてね」くらいの指示しかなかったです。ですが心配性の私は、これまでの研究経験とPhDでの研究計画を伝えるスライドを作りこみ、想定質問への回答を準備し、たくさん練習して臨みました。準備の甲斐もあり、ミーティング直後にどちらの教授からも、「奨学金申請と出願書類の作成を手伝うから是非来て欲しい。」と言って頂けました。後から聞いた話ですが、この時点で私の合格を決めていたとのことです。これには驚きました。受験者の合否を決めるのは学部や学科の選考委員の役割だと思っていたのですが、私が受験した2校では、合格を決める権限の少なくない割合を指導教官が握っているようです。実際、この初回ミーティングで、本来出願後に行う選考面接は代替されてしまいました(つまり出願後に正式な面接はありませんでした)。イギリスの博士後期課程を受験される方は、最初のミーティングで教授が合否を決めてしまう可能性があるので、しっかり準備して臨むことをお勧めします。たくさん練習をしておけば、この1時間だけは英語能力を高く見せることも出来るはずです。

少し余談ですが、教授に投げかけた質問のうち好評だったものを1つ紹介します。それは、「退官・異動までの年数はどれくらいか?」という質問です。あなたの研究室でないとだめなのだという熱意が伝わりやすい質問だと思います。

4. 奨学金について

4.1. イギリスの博士後期課程は奨学金が必須

最初のミーティングで合格が決まるならそれで受験はおしまいかというと、そんなことはありません。イギリスの博士後期課程に進むには、奨学金が必須です。私が進む学科の学費は2024年度時点で年間£29,900(約580万円)であり、ロンドンの高い生活費を考慮すると、トータルのコストは1000万円の大台も見えてきます。このレベルの金額をカバーできる奨学金は、日本にはあまり多くありません。私の場合は、4つの日本の奨学金に応募しましたが、詳細は割愛します。日本の奨学金については先輩方の記事がたくさんあるので、探してみてください。応募する奨学金を探す際には、XPLANE海外大学院向け奨学金データベース東京大学奨学金情報JASSO留学のための奨学金などのサイトが有用でした。

4.2. 出願する大学院からの奨学金に応募しよう!

ここでは、出願する大学院からの奨学金という選択肢についてお話しします。「大学院が直接渡す奨学金なんてあるの?」と思う方もいるかもしれませんが、私が応募したICLとUCLは、多様な奨学金を用意していました。例えばICLの場合、243もの奨学金が存在し、Full-timeのPhD留学生向けのものに絞っても43種あります。しかしこの43種の大部分は、特定の研究分野の学生向け、または特定の属性を持つ学生向け(国籍や性別に制限がある)であり、私は応募要件を満たしていませんでした。結果として、このような要件を設けていないPresident’s PhD Scholarshipに応募し、合格を頂くことができました。

一般的に、研究分野や応募者の属性に条件を課している奨学金の方が、応募者が少なく倍率は低いはずです。まずは、そのような奨学金のうち自分が申請できるものを徹底的に探すことをおすすめします。特に、特定の研究分野向け、あるいは女性向けの奨学金は結構あるので探してみてください。

奨学金にはfull coverとpartial coverの2種類があります。full coverでは授業料に加えて生活費や研究費が支給されますが、partial coverではこれらの費用の一部のみが支給されます。一般に、full coverの方が倍率は高くなるので、できればpartial coverのものも同時に申請すると良いと思います。partial coverの場合は、大学が提供する他のpartial coverの奨学金と併給が認められる場合が多いので、応募要件を満たしているものは片っ端から応募するのがおすすめです。

4.3. 選考委員は何を求めているか?

ここでは具体的に、President’s PhD Scholarshipの応募書類を書く際に意識したことをお話しします。他の大学院についても、そこまで大きな違いは無いと思います。例えば、UCLのResearch Excellence Scholarshipについても、必要書類や選考方法が同様でした。

まず何よりも大事なのは、提出する書類に指定された内容を書くことです。その上で、公開されている評価基準や選考過程から指示には明示されていないが選考委員が求めていることを推測し、それが伝わるように書類を作りました。まず評価基準を簡潔にまとめると、応募者の経済状況に関わる項目は存在せず、学業成績と研究能力が評価の対象でした。博士後期課程向けの奨学金ですが、研究能力と同じくらい学業成績が重視されている印象を受けました。そこで、CVだけでなくPersonal Statementや推薦状においても、学業成績を強調するように気を付けました。

次に、選考過程を確認しました。President’s PhD Scholarshipの選考は次のような流れで行われます。

  • 応募者が、学科(自分の場合はDepartment of Materials)に対して応募書類を提出。
  • 学科が応募者のスクリーニングを行い、選んだ候補者のリストを学部(自分の場合はFaculty of Engineering)に提出。
  • 候補者のリストを副学部長が審査し、合格者にオファーを出す。ここで不合格となった候補者のリストは、大学全体の選考委員会に渡される。
  • 選考委員会は、合格者の多様性と大学の戦略的ゴールを考慮して、追加の合格者を出す。

上記の流れから、学科、学部、場合によっては大学全体、の順で選考が行われることが分かります。学科での選考を担う先生方は、応募者の研究テーマについてよく理解しているため、研究能力の判断を担うはずです。実際、学科レベルの面接の結果を応募者の研究能力の評価に用いると書いてありました(この面接も指導教員との最初のミーティングで代替されてしまいました)。一方で、学部・大学全体の先生方は、研究能力以外の側面も評価しているように思えます。特に、大学全体の選考委員会では、合格者の多様性と大学の戦略的ゴールを考慮するとしています。そこで、学業成績と研究能力に加えて、自身のバックグラウンドの固有性(コンピュータ科学分野からコンピュータ科学と材料科学の境界分野に移るという固有性)、研究テーマと大学の戦略的ゴールの合致性(気候変動の解決に貢献するという大学の目標と、自身の目標・研究テーマの合致性)が伝わるようにPersonal Statementと研究計画書を書きました。 

応募書類は、XPLANEのSoP執筆支援プログラムのメンターさんや志望先の指導教員に添削していただきました。また、指導教員の教え子の中に、過去に同じ奨学金に合格した方がいたので、その方から提出した書類を見せていただきました。

5. 大き過ぎる運要素を限りなく減らす努力を

自分に合った大学院を見つけ、そして合格できるかには、多くの運要素が関わります。他の志願者の量と質、教授がその年に学生を受け入れるか、政府の政策や予算変更などは、私達にはどうすることもできません。一方で、多少なりともコントロールが効く運要素もあります。自分にとってベストな研究室に出会える可能性は、情報に触れる機会を増やすことで上げられます。私の場合は、XやLinkedInなどでの情報収集、学会やワークショップへの積極的参加、先行研究の著者のリサーチなどを通して、応募したい研究室に出会えました。実際に応募する段階では、審査委員の好みや大学の採用方針に自分がはまっているかが運要素の1つです。これに対する策は、陳腐ですが、審査委員の視点に立って応募書類を作りこむことに尽きます。出願の時期は、卒論・修論やお仕事で忙しい方がほとんどだと思います。早く応募書類を提出して解放されたい気持ちは痛いほどわかりますが、自分が海外大学院を目指す理由を思い出して、最後まで運要素を限りなく減らす努力をして欲しいと思います。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。本記事で割愛した内容を含むより詳しい体験記は、こちらのnoteで読めます。皆さんの受験が悔いの無いものになることを願っています。頑張ってください!

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