1. 自己紹介
2025年秋から米国Ohio State UniversityのPhD in City and Regional Planningに進学します。
PhD受験をしてから初めて気づいたのですが、私の専門である「都市計画」はマイナー分野のようです。海外PhD進学を志すにあたってXPLANEの受験記やその他ネット記事を探しても、都市計画分野に関する記事を見たことは一度もありません(Masterならあるのですが)。日本の学会で若手の集まり等に参加しても、PhDから海外に行った・行きたいという方を見つけることはできず、指導教員のコネも全くなく、さらに出願を検討したすべてのPhDプログラムに日本人学生が1人もいないという状態でした。
加えて、専門分野での受験ノウハウがない状態での受験はそれなりに苦労しました。そのせいにするつもりはありませんが、1年目の受験は6校出して全落ちでした。2年目はその失敗も糧に準備をした結果、4校出願して無事2校(The Ohio State University, University of Minnesota)から合格をいただくことができました。
この記事は、日本の都市計画学徒が海外PhDに少しでも興味を持って「都市計画 海外進学 PhD」などと検索した際にヒットして、意思決定や出願の参考にできるようにと願って執筆しています。すべて私個人の経験に依るものですが、これが分野における事例蓄積の起りとなれば嬉しいです。
2. PhDでの海外(アメリカ)進学を志した理由・きっかけ
博士進学の理由は、簡単に言えばそういう性格だからです。ですのでここは省略して、海外という点についてのみお伝えしたいと思います。
2-1. 海外進学を考えた理由
昔からぼんやりと海外進学したいとは思っていたのですが、修士まで行ったうえで言語化できた理由は次の通りです。
- 指導教員を変えたかった。いくら素晴らしい指導教員でも、一人の思想の影響を強く受けすぎるのは危ないと思いました。
- 日本には現在の指導教員を超える教員はいないと思った。都市計画やっていて私の指導教員を知らない人は(多分)いないと思うのですが、興味の対象的に日本でこれ以上は求められないと思い、世界を対象に探すことにしました。
- いろんな都市に住んでみたかった。都市や交通が研究対象なので、深く理解している都市を増やしたいと思いました。学部~修士は地元で宅通だったので、親元を離れて新しい土地で生活したいというのもありました。
2-2. PhDでの海外を考えた理由
学部や修士から出ることもできるのですが…
- 学部:母語で学問の土台を作るべし、と考え日本で進学。振り返れば、日本のような超課題先進地域1で都市計画の基礎を母語で深く学べたのは素晴らしい経験だったと思います。
- 修士:母語で研究の土台を作るべし、と考え日本継続。振り返れば、授業を聞いて課題をこなすよりもずっと深い思考が求められる研究活動は、母語で型を作ったのが正解だったなと思います。
これらを経て、満を持してPhDでの海外進学を決意しました。
2-3. なぜアメリカなのか
進学国を選ぶにあたってはドイツやイギリスなども検討したのですが、最終的に以下の理由からアメリカに絞って出願しました。
- プロジェクト雇用ではなく、自身で研究テーマを設定できる。EUはプロジェクト雇用が多そうですが、自分でテーマを一から設定するというのは重要な経験だと思います。もちろん資金の関係上制約ゼロではないですが、極めて自由度が高そうです。
- 学費免除や給料が貰えるなど、経済的に独立してPhDに挑める。イギリスは自費で超高額のようです。
- 本気で「勉強」できる期間(最初の1~2年)がある。日本の博士はほぼ授業もなく研究室で日々自分の研究に向き合うばかりですが、将来アカデミアで教育もやっていくと考えた際に、周辺知識も含めて改めて頭に叩き込む機会が欲しいと感じていました。
- 日常生活が英語で完結するので、学業に打ち込みやすそう。非英語圏での言語や文化の経験も魅力的ですが、PhDを目的とする以上、言語での無駄なストレスはない方がいいと考えました。
- 分野の人数が多い。例えばACSP (計画系)2やTRB (交通系)3という学会がありますが、日本の同様の学会とは規模が段違いです。多ければいいというわけでもないですが。
3. アメリカの都市計画系PhDの特徴
3-1. かなり狭き門
アメリカでも都市計画系PhDはそもそもプログラムがある大学が限られており、どのプログラムも年に数人しか合格者を出さないようです。倍率10倍や20倍もザラということで、指導教員との合意があれば合格同然の日本とは大違いです。
また一度社会経験を積んでから、極めて具体的なリサーチクエスチョンを持って受験する人も多いようで、競争相手はなかなか手強いです。私は何がやりたいか明確な主張が書けないまま出願し、1年目は全滅でした。
3-2. 研究室はない
アメリカの都市計画系プログラムの多くは研究室を持ちません。基本的に教員と1対1のやり取りですが、一人の教員とずっと一緒にやる必要もなく、自分のその時々のテーマ等に併せて学生側が選べるようです。またPhD学生同士のゼミのようなものを頻繁に開催しているプログラムも多いです。私の進学するThe Ohio State Universityでは、PhD学生は2人で1オフィスをあてがわれ、結構良い環境で研究活動に取り組めそうです。
3-3. 出願には修士が必要
他の工学系分野では学部から直接PhD進学というケースも多いようですが、都市計画系は出願にあたってほぼ必ず「都市計画又は類似分野の修士」が必要になります。
4. 出願先探し
私は修士までの環境でほぼ海外研究者とのつながりがなく、さらに指導教員のコネも全く使えなかったため、すべて自分で海外のウェビナー参加者や論文の著者から芋づる式に探しました。ただ、プログラムの規模が大きい所の方が刺激を多くもらえるのではと思って、教員数が少ない所は除きました。
その中で研究の興味が近い教員に狙いを定め、業績一覧(CV)や英文論文のWriting Sampleを添付し「こんなことに興味があってあなたのところでPhDがやりたいので話せる機会がないか」とメールしました。1年目も2年目も返信があったのは、7割弱くらいだったと思います(コネがない割にかなり高い)。
多くの場合はZoomミーティングを提案してくれるので、今までの研究の簡単な紹介やそれに基づいてPhDはどうしたいと考えているかなどについてスライドを使ってプレゼンしました。「いいね!」と言ってもらえたようなところは合格or面接まで進んだので、如何に指導希望教員に来てほしいと思ってもらえるかはとても大事だと思います。実際に話してみる中で自分との相性もある程度分かってくるので、出願前のミーティングは絶対にやった方がいいです。
事前にコンタクトが取れなかったプログラムにも出願しましたが、門前払いで不合格でした。
5. 受験結果
1年目:不合格(University of Southern California, UC Berkeley, UCLA, University of Pennsylvania, Cornell University, University of Michigan)
2年目:合格(The Ohio State University, University of Minnesota)、不合格(University of Pennsylvania, Georgia Institute of Technology)
1年目と2年目で受験校をほぼ変えていますが、これは1年目での
・研究の焦点が定まっておらず、よい先生を探せていなかった
・一般的に有名な大学の方がいいと思っていた
という失敗を踏まえ、人生や研究について見直しを行った結果です。
結果、2年目では一般的な大学ランキングは低いものの、第1志望・第2志望で十分気合いを入れて出願準備ができたプログラムから合格をもらうことができました。
6. (多分)特に都市計画系で出願において大事なこと
前述のように、アメリカの都市計画系PhDは(他の工学系に比べ)かなり門が狭いです。そのうえ扱う対象や手法が多岐にわたるので、細かいジャンル(交通、土地利用、都市経済など)で言えば取れる人数は0〜1人です。1年目は面接まで進んで落ちたプログラムから「今年は交通系の学生が1人も取れなかった」と連絡が来ました。そのような少ない枠を勝ち取るために重要だと感じたことは次の通りです。
- 修士までの研究経験を踏まえて、具体的なリサーチクエスチョンや分析手法、社会的なインパクトについてSoPに書く。ポイントは「ぽっと出のアイディアではない、少なくとも修士レベルの研究を経た着想である」ということだと思います。私の1年目の失敗はこれが欠けていた事が大きな要因だと思っています。ただそのおかげで1年間の準備期間を得られたため、自分の過去の研究について十分に整理して次につなげるビジョンを上手くまとめることができました。(ネットで公開されている他分野の方の学部→PhDのSoPや執筆エピソードを参考にするとかなり不十分なように感じます。分野が違うので詳しくは分かりませんが…)
- 大学HPから簡単には探せないような、指導希望教員の取り組んでいる研究の話を聞いてSoPに反映させる。この分野は取れる学生数が少なく、とにかく教員とのマッチング(fit)を重視するため、それをアピールするための手段として、具体的なプロジェクトについて触れるとよさそうです。私は「このプロジェクトで取る予定のデータが、自分の興味を明らかにするのにぴったり。今までの研究経験からデータコレクションの手法論についても思うところがあるので、プロジェクトに参画しつつ学びたい」といったようなことを書いて合格をもらいました。
- 業績。英文ジャーナルを持っておくと、それだけで自分の説明書のようなな感じになります。特に事前にコンタクトを取るときに、英文を含むCVやWriting Sampleがあるだけで打率が高くなると思います。学部や修士でも論文が出しやすいという分野特性を生かして、PhDを考えている方は英文にチャレンジしておくといいと思います。
7. ほか出願エピソード
7-1. 後悔:使えるものは使うべし
XPLANEのコミュニティに参加していたのに、SoP執筆支援プログラムなどを活用しなかったことは非常にもったいなかったと思います。おそらくどんな分野でも基本的な型は同じなので是非活用してください。
7-2. ラッキー:レアな日本人
日本人のPhD学生が本当に全然いないのですが、Ohioの場合はオンライン説明会に参加した際に逆に「お、日本人!」となって覚えてもらいました。ちなみに中国人と韓国人はとても多いです。また3月にCampus Visitに行ってきたのですが、東アジア系の留学生も多く安心感がありました。
7-3. アンラッキー:英文校閲
指導教員がSoPや推薦書に関して「英文校閲にかけた方がいい」というので、某大手英文校閲会社に依頼しました。推薦書は大当たりの校閲者で改善したのですが、SoPの方は別の校閲者に当たり、むしろクオリティが下がって返ってきました。結構な金額だったのに…。結局AIに手直ししてもらう程度で合格したので、英語の綺麗さはあまり重要じゃないのかなと思います。
7-4. 金銭的苦痛:英語試験対策
対策をしないで受験することは愚かです。
私はノー勉での初回TOEFL受験時に97点(要求は100点の大学が多い)を取れたので、「もう一回受けときゃ取れるのでは」などと考えて勉強しないまま受験を続けた結果、93~99点を5回取るという愚かなミスを犯しました。GREも無駄に2回受けました。受験料は高いし日本円が弱いので、本当にやっちゃダメです。
そして、6回目のTOEFLと3回目のGREを控えたところで、公式でPrep問題を購入してWritingとSpeakingの対策をしました。GREの方がずっと難しいので、両方受けるならばWritingはGREのものがあれば十分だと思います。
私の対策方法としては、Writingは「解く→Chat GPTにアドバイスをもらう→自分で書き直す→Chat GPT→…」を繰り返しました。Speakingは「解く→公式のアドバイスを読む→時間を気にせずカンペ作って解く→カンペなしで解く」を繰り返しました。どちらも少ない問題数でいいので、納得いく回答がパッと出せるようになるまで同じ問題を復習し続けるといいと思います。
結果、TOEFLが103点、GREはAnalytical Writingが4.0となり、何とか目標クリアという感じでした。繰り返しますが、並の方は対策なしではムリなので絶対に対策してください。
8. これから海外大学院へ出願する人へのメッセージ・アドバイス
都市計画では研究でも実務でも、持っている引き出しの多さが強みになります。日本しか見ずに仕事をするのってもったいないと思いませんか?私は、都市計画だからこそ、どこかの段階で海外で学び見聞を広げて経験を積む人が増えることが、日本の将来にとっても財産になると思っています。
また、出願に向けて準備をする間に自分の研究や人生についてじっくり考えるいい機会になるので、挑戦してみるだけでも価値があると思います。何か難しそうな印象を与えてしまったかもしれませんが、私の屍を踏み越えて、ぜひ恐れずにチャレンジしてほしいです。ガンバ!
編注
- 課題先進地域: 人口減少や高齢化、過疎化、地理的制約など、将来の課題を先取りしている地域のこと ↩︎
- the Association of Collegiate Schools of Planning https://www.acsp.org/page/AboutACSP ↩︎
- Transportation Research Board https://www.nationalacademies.org/trb/transportation-research-board ↩︎