海外留学経験ゼロ・文系出身・国内ヘルスケアメガベンチャーでキャリアを築いてきた社会人が、ハーバード公衆衛生大学院修士課程(MPH)へ進学するまでの経過をまとめました。社会人をしながら、MPH進学を目指すための実例として、みなさんの羅針盤となれば幸いです。
1. 自己紹介
東京大学法学部卒業後、デジタルヘルス分野で10年のキャリアを積み(医療ITメガベンチャー→医療AIスタートアップ創業→フリーランス)、現在は1児の父親業をしながら、国際NPOのデジタルヘルスチームで働いています。これまで海外への在住や留学の経験はありません。2025年秋からハーバードMPHの1年コースに進学予定です。
2. 海外大学院留学を志した理由
当初はグローバルな事業に携わる機会を広げるために海外MBAを目指していましたが、出願準備を進める中で、健康課題の解決に対する自身の情熱を再認識しました。事業の立案・推進力を磨くよりも、社会全体の健康増進というミッションに邁進できる道を模索し、MPH進学へと目標を転換しました。
公衆衛生学は地域・分野横断的に健康課題に取り組む学問であり、多様な文化的背景や専門性を持つ人々と協働できる環境で学ぶことが不可欠だと考え、海外大学院を目指しました。10代の頃にハーバードを始めとする海外大学のキャンパスビジットをした経験があり、いつかあの場所で学びたいという思いも心に抱いていました。
3. 出願準備で直面した最大の課題:キャリア・専門性をどう定義するか
3-1. 継続発展型か転換挑戦型か
米国大学院修士課程出願の大きな2つのアプローチとして、「継続発展型」と「転換挑戦型」があります。前者は既存の専門性を深堀するパターン(ex. 大手コンサルティング企業のコンサルタントがMBAでさらにビジネススキルを高める場合)、後者は新たな分野へ挑戦するパターン(ex. 臨床医が政策立案者を目指してMPHに進学するケース)です。自分自身の現在地と将来目標を冷静に見極めることが重要です。
3-2. 専門性選びに必要な2つのレンズ
専門性を選ぶうえで意識すべき視点は「自分が本当にやりたいこと」、「自分が最も価値を出せる分野であること」の2つです。心から打ち込める分野かつ、これまでの経験から培った誰にも負けないと思える強みをぶつけられる分野を選ぶことが重要です。
3-3. 出願書類全体で問われている3つの問い
出願書類では、1. あなたは誰か、2. 将来どうなりたいか、3. そのギャップを埋めるために、なぜその大学院か、という3点を一貫して伝える必要があります。CVは1点目、エッセイは2・3点目を表現する手段です。推薦状はこれらの実現可能性を第三者から補強する役割を担います。
4. 私のキャリアピボット
MBA出願を終えて面接の準備をしていた頃、受験生同士のモックインタビューでWhy MBA? という質問に対して、納得のいく答えを出せなかったことが大きな転機となりました。
自分はデジタルヘルス分野で研究開発や事業開発に従事し、共著論文出版や製品上市を複数経験してきました。しかし、社会実装フェーズで躓くことを数多く経験する中で、単に研究や事業を開発するだけではなく、事業を社会に受容してもらうにはどうすればいいか?あるいはもう一歩踏み込んで、社会構造そのものを変革していくにはどうすればいいのか?ということに強い関心を抱くようになっていました。
国内でのデジタルヘルス領域での事業立上経験は自身の大きな強みだと感じていましたが、日本国外をフィールドにしたり、政策のようなより広範囲に影響を与える取り組みをデザインしたりするスキルや経験はまだ十分ではありませんでした。こうした分野での専門性を高めれば、ゆくゆくはグローバルな公衆衛生分野でのリーダーシップ職として、健康課題の解決に大きなインパクトを生み出せるのではないかと考えるようになりました。
さらにMPHの中でも、健康行動学(Health Behavior)や、研究成果を実践に変換する実装科学(Implementation Science)がこうしたテーマを扱う学問分野だということに気づきました。政策立案に焦点を当てたHealth Policyや、組織のマネジメントを学ぶHealth Managementなども検討しましたが、私が最も関心を持っていたのは「どのような取り組みや施策が人々の健康増進に効果的なのか?その効果をどのように科学的に検証し、改善していくか」という問いでした。特にハーバード公衆衛生大学院のHealth and Social Behaviorコースは、個人の健康行動が社会環境や文化的背景からどのように影響を受けるかを理解し、効果的な健康増進プログラムを設計するためのスキルを学べる専攻です。これこそ私が求めていた学びの場だと確信し、出願を決めました。
5. 出願準備のタイムライン
1年目のうちに、スコアメイクを終えられていたことは、2年目の出願準備において、かなり余裕を生み出してくれました。一方で出願書類作成については、MBA受験での結果を踏まえ、MPH受験では大きく見直しをしました。
6. 出願準備で最も重視したこと:「プロファイル設計」
CV上では、「デジタルヘルス領域の連続アントレ(イントレ)プレナー」という軸を明確にし、MBA・MPH受験それぞれで一貫して打ち出しました。
また、MPH受験では、公衆衛生学分野へのフィットを示すため、大学時代の国際法専攻や社会人のプロボノでの研究支援経験を強調しました。
さらに、MPH受験では国際経験不足という弱みを補うために、医療政策系シンクタンクである日本医療政策機構が主催するGlobal Health Education Program(G-HEP)に参加。米国・タイ・日本から公衆衛生大学院生が集まり、タイを舞台に地域課題を深掘りし、政策提言を行うプロジェクトに取り組みました。活動の詳細については、以下のnote記事にまとめています:プラネタリーヘルスを実践する -グローバルヘルス リーダー育成プログラムでの学び
7. エッセイ作成への展開:「ナラティブを展開する」
自分の強み(例:学術論文の共著経験、大型資金調達、医療機器開発実績)を明確に紹介したうえで、1)なぜ公衆衛生か?、2)なぜハーバードか?、3)将来ビジョンは何か?をStatement of Purpose (SoP)にまとめました。
公衆衛生を学びたいと思ったきっかけは、医療ITメガベンチャー時代の経験です。健康診断でのある肺疾患の早期発見プロジェクトで、リスクの高い方々の精密検査受診率が肺がん検診の半分以下という課題に直面したことでした。調査をすると、多くの方が「肺がん」の怖さは理解していてもその疾患の早期発見の重要性を感じていないことが判明。どんなに優れた技術があっても、人々の健康意識や行動を変えなければ意味がないと実感。日本の肺がん検診の成功が教育・啓発活動にあると気づきました。そして、これこそがまさに公衆衛生の実践であると知ったのです。
なぜハーバードか?という問いに答えるために、ホームページでの検索はもちろん学校主催のウェビナーに参加したり、在校生・卒業生とのコーヒーチャットをしたりして、情報収集をしました。特に、私の関心に沿った学内プログラムや課外活動として具体的にどのようなものがあるかを在校生・卒業生から教えていただいたことは、大変参考になりました。
さらにハーバードでは、Health, dignity, and justice for every human being.という公衆衛生大学院のビジョンにそった経験と、これからの展望を記載するプログラムエッセイも提出が必須でした。このエッセイでは、タイでのG-HEP活動を事例に、現地コミュニティリーダーから学んだ「文化理解の重要性」と企業活動と地域ニーズの「ミスマッチ」という課題を描写し、「コミュニティの声を反映するモニタリング仕組み」を提案して高評価を得た経験を綴りました。将来は日本のシンクタンクで、社会的孤立や気候変動といった新しい健康課題に取り組み、いずれは政策立案の場で力を発揮したいという展望も盛り込みました。
エッセイ作成にあたっては、ハーバードMPH卒業生の方にメンターを引き受けていただいた他、XPLANEのSoP執筆支援プログラムを活用しました。メンターのみなさんからは的確かつ迅速なフィードバックをいただき、リビジョンを重ねました。メインのメンタリング期間はだいたい2か月半ほどで、面談回数はおよそ4回くらいでした。必要に応じて、近いバックグランドをもった在校生の方を紹介してもらうこともありました。さらに、面談を待たずに、Slackでタイムリーにフィードバックをいただけたおかげで、予定よりも早くエッセイ周りを完成させられました。
ハーバードを含め、全8校に出願をしました。学校ごとの特色に合わせて、Why School?はかえたものの、なぜ公衆衛生か?や将来ビジョンは何か?はぶらさずに書いたことで、それほど大きな負担にはなりませんでした。
8. 推薦状戦略
MPHでは3通の推薦状が必要でした。私は以下の基準で推薦者を選びました:
- 職務実績、研究適性、国際活動といった多面的な評価を得られる
- 具体的なエピソードを語れる
- 英語でのコミュニケーション能力を証明できる
これらの基準で、①医療ITメガベンチャー時代の上司(マネジメント能力と実務経験)、②共同研究を行ったアカデミアの教授(研究適性)、③G-HEPで同じチームだったアメリカ人MD/MPHホルダー(国際適応力と公衆衛生分野適性)に依頼しました。
各推薦者には志望理由や目指すキャリアを説明し、MPHプログラムへのフィット感を強調してもらいました。
9. その他出願でのポイント
GPA
学部時代のGPAは3.07で、ハーバードの合格者層としては高くはありませんが、職務経験や実績で補完できたと考えています。正式な4.0スケールのGPAが発行されない東京大学の卒業生として、WES(World Education Services)を利用して換算を行いましたが、スコアは自己計算とほぼ同水準でした。
テストスコア
- 米国トップ公衆衛生大学院はIELTS可(Yaleを除く)。目安はO.A. 7.5。
- GREはMPH出願時は任意でしたが、Math満点だったのでSTEM分野の強みアピールに提出
出願方式
- 米国公衆衛生大学院はSOPHAS(共通出願ポータル)で一括出願可能。
- 推薦状は学校ごとカスタマイズ不要でMPHプログラム全体への推薦文。
面接
MPH受験では実施されないケースが多く、私は面接なしで合否連絡を受けました。
資金確保
完全私費でも進学可能な体制を整え、柔軟なキャリア選択のために奨学金も申請。XPLANEの奨学金リストは網羅的なので、一度チェックしてみるとよいでしょう。
10. 各出願校の合否
出願校は米国公衆衛生大学院ランキングの上位から順に出願していきました。不合格だった2校は、締切2週間前に急いで出願校を増やすことを決めたため準備不足であったか、そもそもフィットがなかったかのどちらかだと考えています。
11. これから海外大学院を目指す人へのメッセージ
キャリアパターンを冷静に分析し、育てたい専門性から逆算して進路を考えることをお勧めします。出願書類を一貫したプロファイル設計のもとで戦略的に組み立てることが重要です。特に私のような転換挑戦型の場合、なぜその専門分野に進むのかというストーリーの説得力が合否を分けると感じました。
ただ、私自身のプロファイル設計も最初はかなり混沌としていました。MBA出願での違和感、各校のリサーチ、SoPの壁打ちや周囲の助言を通じて少しずつ輪郭が見え、自分の進みたい方向が言語化されていきました。振り返れば、この試行錯誤の過程そのものが、大きな学びでした。
このようなプロセスを経て見えてきた方向性を、出願書類に落とし込むうえでカギとなったのが、メンタリングでした。出願書類に説得力を持たせるには、アドミッション担当者、在校生、卒業生との対話を通じて、その学校ならではの視点や価値観に触れることがとても有効です。エッセイの作成には、私自身も活用したXPLANEのSoP執筆支援プログラムの利用を強くお勧めします。
出願プロセス全体の流れや準備スケジュールを知りたい方には、以下のリソースも参考になると思います。
最後に、私はこの受験プロセスを通じて、これまでの経験や価値観を内省し、人生の羅針盤を得たと感じています。たとえ学部時代に勉強に打ち込めなかったり、海外経験がなかったりしても、社会人としての実績や学びたいという熱意を、自分なりのナラティブとしてまとめきれれば、勝負できるフィールドは確かにあります。少しでも皆さんの挑戦のヒントになれば幸いです。