皆さんは、Erasmus+プログラムについて聞いたことはあるでしょうか?これは、ヨーロッパの高等教育機関を複数巡りジョイントディグリーまたはマルチプルディグリーをとるプログラムです。学費免除かつ、採用される年によりますが奨学金 1400 ユーロ/月が支給されます(2025年現在)。理系・文系に限らず様々な分野があり、現在約200コース存在します。今回の記事では、実際にこのプログラムを体験した/しているXPLANE出願ガイド作成チームの3名が、プログラムの概要と体験談をまとめて紹介します。
■ プログラム概要について
- 修士の2年間はどんなスケジュール?
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プログラムによりますが、1学期-3学期は授業、4学期は修士インターン&修論というスケジュールが一般的です。学年、または学期ごとに高等教育機関が変わるため、最低2つ(2か国)巡ります。
複数の高等教育機関によって各プログラムが提供されます。学習は少なくとも2つの高等教育機関(大学など)で行われます。
少なくとも3つ以上の欧州の高等教育機関が関わり、非EU圏の高等教育機関も関わることがあります。学習する高等教育機関は、プログラムによって自分で選択できるものもあれば、既に決まっているものもあります。 - 取得できる学位は?
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マルチプルディグリーまたはジョイントディグリーを取得できます。学位の詳細は、それぞれのプログラムのウェブサイトに記載されています。
例えば、 Erasmus Mundus Joint Master in meta4.0 では以下のように3つの修士号(マルチプルディグリー)を取得することができます。
① エコール・サントラル・デ・リヨン(フランス)Mechanical Engineering
②トリノ工科大学(イタリア)Materials Engineering for industrial 4.0
③以下の4つの大学から1つ選択。
• ノルウェー科学技術大学(ノルウェー) Sustainable Manufacturing
• ケムニッツ工科大学(ドイツ)Advanced Manufacturing
• リュブリャナ大学(スロベニア)Mechanical Engineering
• エコール・デ・ミンヌ(フランス)Materials Science and Engineering - 実際の奨学金事情は?
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プログラムに奨学生として合格すれば、学費免除かつ月1400ユーロの奨学金が貰えます(2025年時点)。さらに海外保険が2年間つきます。私のプログラムの場合は、APRIL という名前の保険で、診療費・治療費は 100% 補償されます。
過去には、百数十万かかるスキーによるケガの手術費用も、全額 APRIL 保険が負担したという事例もありました。しかし何が保険適用になるのか、どこで負った怪我が保険適応になるのかは厳密に保険によって決まっているので、詳細は確認が必要です。 - 出願はどうやって?
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プログラムが約200コース程度あるため、なかなか一般化はできませんが共通していることもいくつかあります。
• 志望動機書またはビデオ
• 推薦状複数
• 大学卒業証明書
• 大学成績証明書
倍率は公開しているプログラムとしていないプログラムがあるので一般化は難しいですが、エラスムスの統計情報やインターネットの情報から、少なくとも20倍程度と予想できます。 - エラスムス生であることのメリットは?
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ほぼすべてのヨーロッパの都市にErasmus Student Networkというコミュニティがあり、エラスムスの学生向けに様々なイベントを提供しています。バーでの飲み会や言語交流会、さらに旅行など多岐にわたる行事があり、しかも格安で参加することができます。
以上がプログラムの概要ですが、生活や実際のスケジュール、卒業後の進路などはプログラムにより様々です。以下では、XPLANE所属の3人のエラスムス生・既卒生の体験談を紹介します。
■ 唐澤さん:Erasmus mundus Plant Health (2020-2022) の体験談
1.タイムスケジュール
一年目スペインのバレンシア工科大学、2年目前半がドイツのゲッティンゲン大学、2年目後半が、修士論文でオランダのユトレヒト大学にいました。スペインでは授業と IBMCP での短期研究、ドイツは授業のみ、オランダでは研究のみです。2020-22年の留学で、コロナの制約を受けながらの留学だったので、文化を十分に味わえなかったり、オンライン授業や、実習の制限があったのが残念でした。1年目と2年目の大学の決め方ですが、受験の段階で希望を出します。私は取りたい授業や、研究室を調べて、スペインとドイツに決めました。人数が多すぎると、第2希望の大学に回されるというのも聞いたことがあります。
2.奨学金
月1000ユーロ、フライト年間3000ユーロ、保険が払われていたと思います。授業料免除です。
3. 出願
CV、成績、卒業証明、IELTS スコア、推薦状で、プログラムの応募サイトから応募、という流れだったと思います。SOP も面接もありませんでした(応募サイトに短く志望動機を書くスペースがあっただけです)。年末に書類の〆切があって、3月頃にプログラム自体の合格発表と奨学金が出るかどうかの発表があったと思います。選考基準は恐らく GPA と多様性だと思います。私の代はほぼ全員国籍が違いました。倍率はわかりません。
4. 生活
4.1 授業面
スペイン・バレンシアの大学では、学期中に中間試験、プレゼン、レポート、期末試験、さらに make up exam(点数に不満足の人が2回目の試験を受けて、点数を上書きできるシステム)で、常に何かしらの〆切に追われていた気がします。全員の試験の点数が PDF で公開されるものもあり(恐怖)、頑張って勉強しました。グループワークも多かったので、放課後や土日に集まって勉強することも多かったです。スペイン語が必修でしたが、先生がスペイン語しか喋らないので、あまり理解は深まりませんでした…。ドイツ・ゲッティンゲンでは基本期末1発で、実習が授業期間外なので、学期中はスペインに比べてかなり暇だったと思います。
4.2 同級生
全部同じ授業やテストのスケジュールなので、一緒に過ごす時間も自然と多くなり、仲良くなります。なんだかんだで平日も週末も会っていた気がします。
4.3 生活面
家は基本的に自分で手配しました。スペインとドイツの家はオンライン(スペインならhttps://www.idealista.com/en/、ドイツはhttps://www.wg-gesucht.de/en/ など。)、オランダはとにかく家が空いていなかったので、ラボの先輩にお願いして紹介してもらいました。引っ越しは、スペインからドイツは飛行機、ドイツからオランダは電車で移動しました。必要最低限スーツケースで持っていき、あとは DHL で送りました。家具付きの部屋に住んでいたので、そこまで大荷物にはならなかったです。物の移動よりも、滞在許可の申請や更新の方が大変でした。
5. 卒業後
大体半分くらいがヨーロッパ内でPhDをやっていると思います。あとは企業への就職、国連、母国に戻っている人もいます。Erasmus を卒業することのキャリアへのメリットは、ネットワークと語学かなと思います。プログラムのメーリングリストがあり、そこから定期的にPhD、ポスドク、企業のオープンポジションが流れてきます。またプログラム的にスペイン語・フランス語を勉強できるので、国連を目指している人には有利になるのかも?私の代にはそういうキャリアに興味がある人が何人かいました。
■ 加藤さん:European master of Science in Nuclear Fusion and Engineering Physics (2023-2025) の体験談
1.タイムスケジュール
M1とM2で所属する大学院を変えます。私のプログラム参加大学院は、スペイン:マドリード (Universidad Complutense de Madrid, Universidad Carlos III de Madrid) 、フランス:ナンシー (Université de Lorraine) 、マルセイユ (Aix-Marseille Université) 、ベルギー:ゲント (Ghent University) 、ドイツ:シュッツガルト (Universität Stuttgart) 、チェコ:プラハ (České vysoké učení technické v Praze) となっています。M1の3月ころにM2の場所を決めます。
定められている修論の期間はM2の後期のみですが、M2の始めから修論の研究を開始する人が多いです。フランスでは修論は研究所でのインターンシップの扱いになるので給料が個別に支払われます。M2の後期だけ別の国の研究所で研究を行うこともできますが、プログラムの参加大学院に所属する先生が共同指導教員になる必要があります。M2の修士発表会は参加大学院が持ち回りで運営をするので毎年場所が変わります。
2年間で ECTS120 なので一年間で60単位を取らなければならないのですが、M1はほぼ座学なので毎日朝から夜まで授業がありました。M2ではプログラムによる合宿などがあるので、数科目取れば間に合う計算です。大学院によってはM2のときにプラスで授業を受けることも可能です。
エラスムスなので現地語の授業が必須ですが、短期滞在の外国人向けなのでそんなきつい内容ではないです。ヨーロッパにはエラスムス学生専用の学生モビリティビザがありますが、私が知る限り実際に発行しているのはフランスのみです。この滞在許可証では発行国以外で勉強する場合1年までその滞在許可証で住めます(私の場合チェコのビザを取らず、フランスの滞在許可証でプラハに合法的に住んでいます)。
2.奨学金
ヨーロッパ以外の国籍の学生の学費 9000€ が免除となり、月額 1000€ もらえます。1年ごとに飛行機代が支給され、日本だと 3000€ です。ヨーロッパからの距離に応じて、1000, 2000, 3000€ と変わります。保険にも加入してくれています。M2の合宿と修論発表会の費用などもまかなわれます。年度によって奨学金がある年と無い年があるので注意が必要です。
3. 出願
CV、motivation letter、成績、推薦書3通、1分のビデオを提出します。面接はありません。理系の学部卒なら誰でも出願出来ます。多くは物理学科卒業ですが工学部卒もいます。英語はC1レベルが必要です。他のヨーロッパの言語が出来るとさらに加点要素ではありますが必須ではありません。11-2月までが出願受付で。いつ提出したかは評価に関わらないそうです。エラスムスの奨学金応募の場合、プログラムの先生方がエラスムス本部に推薦する形で、その選定には修士の出願資料が使われるようです。
倍率はわかりませんが、日本人でプログラムに出願したのが初めてだったのは大きいと感じています。毎年極東アジア人は20人中1人いるかくらいなので、多様性の面ではアドバンテージなのではないでしょうか。20人中半分がヨーロッパ国籍で、残りがアフリカ、中東、インド、日本・中国あたりのアジア、北アメリカ、南アメリカとなっていて非常にグローバルです。
またヨーロッパは学部が3年なので、日本の学部卒だと4年学び研究もしているので強みだと思います。
4. 生活
4.1 授業面
国や大学院によって大きく異なります。例えば、フランスでは筆記の中間と期末テストを受けましたが、チェコは期末テスト一発で口頭試問形式でした。またヨーロッパは基本9月始まりが多いですが、ドイツやチェコは10月始まりです。
4.2 同級生
一学年20人程度いますが、各エリアに散らばるので1年間一緒に勉強する同期は数人になります。年に2回あるイベントでのみM1とM2が全員集まり、20人ほどいる同期とも2年間で5回しか会えません。基本的に現地の授業に混ざるので、現地人マジョリティのクラスに外国人数人として参加する形です。
4.3 生活面
頻繁に引っ越すのは忙しいですが、色んな国を回れるのは贅沢だなと感じます。想像もしていなかった国に住むことも出来ます。学期中は多忙ですが、M2では授業数が減るので趣味の時間が取れます。私はプラハでオーケストラに参加しています。他にも大学のサークルに入ってスポーツをしている友人なども多いです。
私の参加大学院のエリアでは、1000€ あればまあ暮らしていけるぐらいですがベルギーは厳しいと聞きます。
私が住んでいたフランスのナンシーは北側にある10万人程度の町で英語は通じません。地方なので家賃、物価ともにパリなどの大都市より安かったです。一方プラハは英語が通じるので外国人としてのハードルが低いです。スペイン、フランス、イタリアあたりがヨーロッパの中であまり英語が通じないエリアになるのではと感じています。ドイツ、ベルギー、オランダあたりは英語が通じる印象です。
5. 卒業後
核融合という分野もあり、80%ほどはPh.D.に進学しているようです。プログラムとしての就活や進学サポートなどはないので、進学先の大学のサポートを頼るか基本自分で行います。Linkedin がかなり使われています。M2の頭くらいからみんな進路のことを考え始めて調べている感じがしますが、本腰をいれるのは後期からな感じを受けます。M2は授業があまりないので、授業/研究と就活/出願は両立しやすいと思います。
■ 西原さん:Erasmus mundus manufacturing4.0 の体験談
1.タイムスケジュール
一学期フランスのサントラルリヨン (ENISE) 、2学期がイタリアのトリノ工科大学、3学期がノルウェーのノルウェー科学技術大学、修士論文は世界中どこで書いても ok です。1-3学期は授業のみで、研究は4学期にします。
3学期はフランス・ドイツ・スロベニア・ノルウェーから、1学期終了時に希望を出します。私は取りたい授業と、大学の有名度の兼ね合いでノルウェー科学技術大学にしました。モチベーションレターを書き、かつ各大学の教授と面談する必要があります。第2希望の大学に回される可能性も十分あります(僕らの代はみんなの第一志望がうまく分散できた)。
2.奨学金
月1400ユーロ、授業料免除、2年間の保険、サマースクールの滞在費用。
3. 出願
CV、成績、卒業証明、IELTSスコア、推薦状2通、プログラムの応募サイトから応募、という流れ。SoPではなく、5分間のモチベーションビデオ。私のプログラムは倍率が結構高かったようで、約1800人が応募し25人が合格。ただし、各国から最高2人までという制限があるため、日本人には有利。
4. 生活
4.1 授業面
フランスは期末試験とケーススタディー。エンジニアリングスクールだったので、実学に重点をおきました。ケーススタディーでは、教授から与えられた題材をもとに(例えば人工関節を作る際の素材・製造方法・表面処理)技術プレゼンをするなど。ほぼ全てのケーススタディーがグループワークであり、放課後や土日にも集まって作業していました。最初は英語につまづきましたが、誰もネイティブではないので使う文法も単語も簡単ですぐ慣れることができました。(ヨーロッパ留学の利点?)フランス語は必修でしたが、全く成長しませんでした。行きつけのパン屋で問題なく注文できるようになったくらい。
4.2 同級生
大学斡旋のアパートに15人くらい住んでいたので、毎日一緒に登下校、毎晩何かしらの理由をつけて会っていました。すぐ近所のボードゲームカフェに行ったり、それぞれの国の料理を作り合ったりしました。授業も全て同じなので、高校生時代のように仲良くなりました。
4.3 生活面
アパートが斡旋されるかどうかは国や大学によりけりです。フランスでは、大学と提供しているアパートを月545ユーロで借りられました。光熱費は全部込みです。一方イタリアのトリノ工科大学には寮がないので(1か月以内なら寮あり)不動産仲介業者を利用して探しました。フランスで住んでいたサンテティエンヌは人口20万人程度の田舎ですが意外と英語が通じました。イタリアは有名観光地以外あまり英語が通じないと思いますが、日常生活で使うような英語は理解してくれるので、生きていくのに困ることはないと思います。
フランス・イタリアともに通常のスーパーでは、野菜類は日本と同じか少し安め、肉類は日本の1.5〜2倍程度なので、食費は奨学金でまかなえます。一方エリアや都会度で変わるのが家賃です。1学期を過ごしたサンテティエンヌでは光熱費込み一人暮らしアパートで月545ユーロでしたが、2学期を過ごしているイタリアのトリノでは光熱費込み7人シェアアパートで月585ユーロです。毎月の奨学金から食費・生活必需品・家賃を引くと400ユーロ残ります。節約に慣れている友達は毎月400ユーロ程度貯金できています。(僕は±0程度)
5. 卒業後
自分たちが2期生のため不明です。
以上、Erasmusプログラムについて紹介しました。日本での知名度はまだ高くないですが、学費免除かつ奨学金サポートを得ながらヨーロッパ各地の大学で学ぶ経験ができる魅力的なプログラムです。ヨーロッパでの修士課程を検討している方もそうでない方も、ぜひ選択肢の1つとして知っていただければ幸いです。