ヨーロッパPhD出願ガイド(タイムライン・北米との違いなど)

「修士課程と博士課程は一貫」「2年生の終わりにQualifying Examがある」「Teaching Assistantを行うことで学費と生活費が支給される」…
大学院留学について書いた記事でよく書かれるこのような文言は、アメリカの博士(PhD)課程において一般的なだけで、他の国の大学院制度とは異なります。そこで今回の記事では、(特にイギリス以外の)ヨーロッパのPhDプログラムの制度や特徴、奨学金などについてまとめました(イギリスにも適用できる部分もあります)。
なお、記事執筆者がドイツのPhD課程に所属しているため、この記事はヨーロッパPhDの中でもドイツPhD留学の情報が中心となりますのでご注意ください。

目次
PhD学生の給料(ドイツの場合)

本来は、給料かドイツ国内での奨学金かどちらかだけ受給する。ドイツでPhD(博士号)を取得する学生の給料は、主にTV-L(Tarifvertrag für den Öffentlichen Dienst der Länder)とTVöD(Tarifvertrag für den Öffentlichen Dienst )​​によって規定されています。

※TV-Lによる給与体系
TV-Lは、ドイツの公共部門に勤務する労働者に適用される給与協定で、大学や研究機関で働くPhD学生にも適用されることが多いです。PhD学生は通常、TV-Lの「E12」もしくは「E13」のグレードに分類されます。このグレードでは、フルタイム勤務(100%)に対する相対的な勤務時間と給与が設定されます。例えば、「75%の契約」は、フルタイム勤務時間の75%(通常は週30時間程度)の勤務を意味し、給与もその割合に応じて支払われます(フルタイム勤務(100%)に対する相対的な勤務時間と給与を示しています)。例えば、「75%の契約」とは、フルタイム勤務時間の75%(通常は週30時間程度)の勤務時間を意味し、給与もその割合に応じて支払われます。

給与の計算例(TV-L E13)

  • フルタイム契約(100%)の場合: 月給が4188.38ユーロ(2024年夏現在)
  • 75%契約の場合: 月給は4,188ユーロの75%で、3141.28ユーロとなり、税金や年金を引いた手取りは、2,132.11ユーロになります。
  • 具体的な給料の計算は、次のサイトでできます。: Lohntastik TV-L 給与計算ツール

方法1. 奨学金(という形の給料)を取得し、希望の教授に指導をお願いする方法

1つ目は、自らPhD期間の奨学金を確保することを前提に、それを元に指導教官を探してコンタクトする方法です。

STEP
教授との連絡

自分の研究テーマに合った教授を探し、指導をお願いする必要があります。教授とのコミュニケーションを通じて、研究計画の調整や具体的な指導内容を決定します。コミュニケーションはメールベースが多いです。

STEP
奨学金の申請

教授とのやり取りに応じて、ヨーロッパ各国の政府機関、大学、研究所、または独立した奨学金財団が提供する奨学金プログラムに応募します。

【参考:プログラムが要求する奨学金の最低金額と期間が決まっていることも】
筆者はあるドイツの教授から、”Two years is not enough time to obtain a PhD and less than 1000 Euro is not enough to sustain a life in ○○ (東ドイツの都市) without further income” と言われました。奨学金を持っていれば何でも良いということではありません。

外部の奨学金については、以下のページを使えば日本語で検索が可能です。(特に、JASSOのデータベースは政府系の奨学金など留学先の国が限定されるものも掲載されていてヨーロッパPhD向けには便利です)。

また、特にドイツPhD留学を目指す場合は以下のページが便利です。

  • DAAD奨学金データベース: DAADが提供する日本人向けのPhDおよびポスドク向け奨学金のリストです。また、DAADと研究所がコラボレーションしている奨学金も含まれています。
  • Research Grants – Doctoral Programmes in Germany (ドイツ留学の定番奨学金): 指導教官を自分で選定し、許可が降りた状態で申請することが推奨されています。

方法2. 公募に申し込む方法

もう一つの方法は、大学や研究機関が公募するPhDポジションに応募することです。 公募ポジションは特定の研究テーマやプロジェクトに基づいているため、自分の研究興味やスキルがそのテーマに合致していることが鍵です。公募は給料が出るポジションです。コネクション(リサーチインターンや国際学会での会話、共通の知人etc)はかなり強いアドバンテージになるので、推薦書を書いてもらうまでではなくとも、作っておくと良いでしょう。

公募系プログラムのタイムラインと準備
奨学金は留学開始の1年ほど前に応募時期があるのに対し、公募はポジションが開始する半年〜数ヶ月前に応募する形が多いです。そのため、できれば留学開始の1年以上前から奨学金等を調べ始めて戦略を立てるのが良い(とはいえ、教授に直接コンタクトする際に修士論文の大枠ができているとアドバンテージになるので、急ぎすぎも良くないという意見も)

3.1. アカデミアのPhDポジション公募①: 大学の研究室単位の応募

選考プロセスのタイムライン例

  • 公募掲載から締め切りまで: 1ヶ月~1ヶ月半
  • 面接の連絡: 締め切りから1~2週間以内
  • 結果通知: 面接後数日以内に通知

3.1.1. 公募の探し方

以下のようなサイトで探すことができます。ただし、1〜8のようなサイトは全分野共通の情報を掲載しているため、競争が熾烈であり、すべての公募が掲載されているわけではありません。中でも、EURAXESSは掲載数が最も多いです。

  1. Academic Positions
  2. EURAXESS
  3. Indeed
  4. ScholorshipDb.net
  5. ResearchGate
  6. LinkedIn
  7. DAAD
  8. 大学のホームページ  
    例) コペンハーゲン大学
  9. 分野ごとのメーリングリスト
    例) 気象学極域理学分野地球惑星科学

メーリングリストの重要性
ヨーロッパのPhDから教授職までの公募は、分野ごとのメーリングリストに掲載されることが多いため、これらのリストを入手することが鍵となります。筆者の場合、先行研究として取り上げた論文のポスドクの方に、論文に関する質問と同時にPhDポジションの探し方を尋ねたところ、いくつかのメーリングリストを教えていただきました。

3.1.2. 最低限必要な書類

  1. カバーレター: 最大2ページ。内容を指定してくる公募もあります。
  2. 成績表: 修士論文の成績が最も重要で、他の科目はチェック程度という話を聞くことが多いです。ヨーロッパのマスターは授業メインですが、日本は授業数が少ないためです。学部時代の成績はあまり重視されない傾向があると言われます。
    ※ ドイツではGPAの数え方が逆(1が最高、4が最低)だったりと、国によって形式が違う場合があるので注意です。
  3. 推薦状または推薦者リスト: 電話番号、住所、職位、メールアドレスを記載します。
    ※ 推薦状を求められることもあれば、研究室に個別に申し込む場合だと推薦者リストを挙げるだけだったりもする(推薦者の名前書いておくだけでレターがいらないことも)
  4. 卒業証明書
  5. 履歴書(CV)
  6. 面接:ヨーロッパの博士課程ではほぼ必須の印象です。

修士論文(英語版も効果的?
筆者は一応CVに共有URLを貼っておいたところ、先生方がかなり読んでくれました。その結果、面接に呼ばれる確率も上がりました。プラスに働くので、可能なら載せると良いでしょう。(実際に、修士論文の要旨の提出を求められるポジションもありました)

3.2. アカデミアのPhDポジション公募②: 大学の研究室単位の応募研究所のPhDプログラム(特にドイツの事例)

3.2.1. ドイツの研究所PhDプログラム

ドイツでは、大学とは別に公的な研究機関(どれも税金で支えられている)が提供する PhD プログラムに所属することができます。全ての研究機関は以下4種類の協会のいずれかに所属しており、協会ごとに異なる特色があります。

  1. マックスプランク協会
    ドイツ全土に 81 箇所(+国外に 4 箇所)の研究所を持つ。基礎研究を重視している。日本人の学生・ポスドク・PI が結構いる。
  2. ヘルムホルツ協会
    ドイツ国内に18箇所の研究所をもつ。予算の規模が最大で、一つ一つの規模が大きい。
  3. フラウンホーファー研究機構
    基礎研究とその産業応用に力を入れている。
  4. ライプニッツ協会
    96箇所の研究所を持つ。基礎も応用もどちらも行っている。

3.2.2. 研究所でPhDを始めるには

大学でのPhDと同様に、受け入れ研究室のPIの同意とPhDの期間をカバーできるだけの給料の確保が必須になります。

(1) PI と個別に交渉をしてポジションを獲得する場合

大学のPhDのポジションの獲得と基本的には同じです。研究所によっては opening job というページが掲載されていることが多く(例. ユーリッヒ研究所ドイツがん研究センター)、ここで新しい学生を募集している PI の情報を得ることができます。選考プロセスとしては、必要書類を提出し、通過すれば面接を経て最終決定が下されます。こういったページで学生を募集している PI の場合、すでに学生を雇うだけの研究費を獲得しているケースが多いため、自分で追加の奨学金などを獲得しなくても済むことが多いです。研究室の資金が潤沢でない場合は、奨学金の取得を求められることになります。

(2) 研究所が提供する PhD プログラムに出願し、選考を通過してポジションを獲得する場合

研究所によっては、(1)による学生の採用と並行して、年に 1,2 回の一般公募によってまとめて PhD の学生の採用を行っています(例. マックスプランク免疫生物学研究所)。公募の時期、回数は研究所によってバラバラです。
まず、一次書類選考を提出するためのウェブサイトが一定の期間開かれます。求められる提出物として主に以下が挙げられます。

  • Motivation letter: 形式、分量は様々。A4サイズで2枚のところもあれば、500 character の場合もある。
  • 過去の研究経験: 学部・修士・短期インターンなどで行った研究内容。どこで、どの期間、どの指導教官のもので、具体的に何を行ったのかをまとめた文章。
  • 大学の学部/修士の卒業証明書(見込み可)および成績証明書(英訳)
  • 高校の卒業証明書(場合によっては成績証明書も)
  • CV
  • 推薦状: 2~3 通
  • TOEFL または IELTS: TOELだと 95~100 以上、IELTSは OA 7.0以上が一般的なボーダーラインですが、厳密ではない。

研究所プログラムではIELTSとTOEFLの提出が必須なことが多い】
• 一部の研究所(例: バルセロナコンピューター研究所)では求められない
• 大学では必須ではない場合も多いが、CVに記載しておくに越したことはない
• ノルウェー、スウェーデンではほぼ必要

全世界から多くの応募があり、一次選考は大体 10 倍以上となることが多いです。これに通過すると次は面接があります。研究所によっては面接もさらに一次と二次面接に別れていることもあります。面接では以下のようなスタイルがあります。

  • グループリーダーと 1 対 1 の面接: 研究所でラボを持つグループリーダーの誰かと個別に面接を行います。Motivation letter で興味のある先生を上げていると、その誰かに当たることが多いです。面接の進め方は面接官次第です。今までの研究をスライドにして発表するように求められることもあれば、30分研究内容に限らず幅広く会話をして、モチベーションやPhD生活の意気込みをアピールする場となることもあります。
  • パネル面接: 3~4 人のグループリーダーに囲まれて、発表と質疑応答を行います。最初に自分の研究発表や指定された論文紹介を行い、それについての質問の嵐をひたすら耐えるという、少しハードな面接です。

この面接の後に、実際にどの研究室で PhD を行いたいか希望を出し、グループリーダーもそれに同意すると面接も完全に通過となります。倍率は3~5倍程度が多いと思われます(筆者の所感)。これらのプロセスを経てPhDのプログラムに入ることになると、給料の出所は PI の研究費ではなく研究所となります。そのため、もし選考自体は惜しくも通過するこができなくても、面接中を通してグループリーダーに気に入ってもらうことができれば、上述の(1)の方法に切り替えて個別にグループリーダーに雇ってもらうことができます。

3.3. アカデミアのPhDポジション公募3: MSCA (Marie Sklodowska-Curie Actions) プログラム

MSCA Doctoral Networksは、EUから研究資金を受け取り、3年間でPhDを取得するプログラムです。このプログラムは、10人から15人のPhD学生を募集し、ヨーロッパで最大規模のPhDプログラムの一つです。

プログラムの特徴

  • 企業と大学両方に所属: 最低1年間ずつ異なる国の企業と大学で研究する必要があります。
    • 例: 1年半企業、1年半大学
    • 例: APT WIND
  • 留学経験と多言語話者が有利: 企業と大学は異なる国にある必要があるため、これらの経験が有利に働く傾向があります。
  • 研究分野の偏り: 産業的な応用が見込まれる分野や、ヨーロッパがリードしている分野にやや偏る傾向が見られます。

選考プロセス

  • 書類審査: 約2週間後に結果が通知され、その後面接が行われます。
  • 面接内容: プロジェクトによって異なり、プレゼンテーションや口頭試問が含まれることがあります。
    • プレゼン時間20分 質疑応答25分
    • 指定されたプレゼンテーションの流れ:1ページ:自己紹介(大学・大学院及び学術的な概要)、2,3ページ:修士課程時の研究、4~8ページ:選んだプロジェクトについて
    • 具体的には、
      • リサーチプロポーザルと先行研究を踏まえての個人の研究アイディアとモチベーション
      • 指定された論文の紹介
      • 個人の研究アイディアの目的と背景
      • 3年間の研究プラン
      • 研究の予想結果と研究がどのようにコミュニティーに貢献するか
      • MSCA参加することによる専門性の向上とPhDを終わった後のキャリア
    • 参考:プレゼンのテンプレと一緒に送られてきたメールの一部
      • As you will see, you will present your CV, MSc thesis, DR project, and the impact you expect the プロジェクトの名前 to have on your career. To prepare the presentation regarding your DR project, we suggest you download the papers listed in the Bibliography tab on your DR page. 

3.4. インダストリーのPhDポジション公募

大学でも研究所でもなく、企業で働きながらPhD(博士号)を取得するプログラムもあります。通常のアカデミアのPhDとは異なり、研究テーマは企業の実際の課題やプロジェクトに関連しており、実務的な研究が求められます。企業は研究資金や設備を提供し、学生は企業の指導のもとで研究を進めます。企業から給料が出るため、通常の給与体系は適用されません。

3.4.1. 特徴と利点

  1. 実践的な研究: 企業での研究は、実際のビジネスや技術開発に直結した課題を解決することが多く、実務経験を積むことができます。
  2. 資金提供: 企業からの資金提供があるため、経済的な心配が少なく、安定した環境で研究を続けられます。
  3. キャリアパス: 企業での経験は、将来のキャリアにおいて大きなアドバンテージとなります。特に、産業界でのキャリアを考えている場合には、有利です。
  4. 現地の言語能力があると有利

3.4.2. 注意点とデメリット

  1. 研究の制約: 企業の利益や戦略に基づいた研究テーマが選ばれるため、アカデミックな自由度は低くなる場合があります。また、研究成果の公開や特許に関する制約があることもあります。
  2. アカデミアへの復帰: 産業界での実務的な研究経験がアカデミックなキャリアに必ずしも直結しないため、アカデミアに復帰するのは難しい場合があります。
  3. デュアルスタディとの関連: 特にドイツでは、デュアルスタディ(dual study)という企業と大学が連携して教育を行う制度があり、Industry PhDはその延長線上にあるとされています。

【具体例: BMW PhD Programme

  • BMWは自動車業界での研究を進めるためにPhDプログラムを提供しています。学生はBMWの施設を使用し、BMWの技術者や研究者と協力して研究を行います。
  • 詳細: BMW PhD Programme
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