オーストラリアで博士課程—臨床と研究の狭間で、そして日本人研究者・医師コミュニティの立ち上げ—【XPLANE TIMES 院留学の本棚】

本記事はXPLANE TIMES(ニュースレター)第5号(2024年10月12日発行)内の連載企画『院留学の本棚』に掲載された記事です。
連載企画『院留学の本棚』では、海外院生の大学生活、研究生活に焦点を当て、大学院留学についてあまり知られていないトピックや、留学志望者にとって有益な情報を提供する記事を掲載しています。第8回の今回は、The University of Melbourneで医学の博士課程に在籍されている齋藤さんに、オーストラリア留学についてご寄稿いただきました。

皆さん、こんにちは。齋藤慶人と申します。現在、オーストラリアのメルボルン大学で博士課程をしており、統合失調症という精神疾患を対象にした脳画像の研究を行っています。

今回は、
1) オーストラリアでの博士課程:カリキュラム概要と入学に大事なこと、 
2) 日本人研究者・医師コミュニティの立ち上げ
の二点についてお話ししたいと思います。

私は2019年に日本の大学で医学部を卒業後、二年間初期研修医として日本の病院で勤務しました。本来はこの後に留学し研究を開始する予定でしたが、COVID-19の影響で留学が一年延期となり、2022年より現在のラボに在籍しています。オーストラリアに留学したいという気持ちは人一倍強かったものの、どのように準備を進めるのか、どのように博士課程に入学できるのか等、情報収集に苦労しました。自分の医師としてのバックグラウンドを生かし、医師としてオーストラリアで臨床業務に携わることも選択肢として検討していましたが、その進路についても情報が非常に少なく、正直戸惑った記憶があります。やっとなんとかオーストラリアで研究留学を開始したと思ったら、光の速さで次々にできる研究者同士のコネクションに圧倒されました。コラボレーションがどんどん進展するのを目の当たりにし、また自分もその当事者となり、日本にいたときには気づかなかったコネクションとコミュニティの意義の大きさを痛感しました。この体験をもとに私が立ち上げたのが、日本人の研究者と医師のコミュニティです (後述します)。

オーストラリアでの博士課程

オーストラリアで研究留学をしたい場合、選択肢は博士課程または修士課程 (research) の二つがあります。名前の通り得られる学位が違いますが、通年研究をするという点では一緒です。

余談ですが、修士課程にcourseworkという座学を中心にしたものと、researchという研究中心のものがあり、同じ修士課程でも入学手続きや課程の内容に大きな違いがあります。博士課程は最低3年で、だいたい3-5年ほどで修了する人が多い印象です。修了要件は研究室によって異なる可能性がありますが、論文を3本出版し、学位論文の発表と提出をしたら修了となります。私は博士1年目は研究テーマを決定しリテラチャーレビュー (文献調査)を行いました。1年目の終わりに一年間の成果をプレゼンテーションし、ここで審査に通過すると、ここで初めて正式に博士課程の学生として認められます。その後はひたすら研究と論文執筆をしながら修了を目指します。毎年進捗の報告会のようなものがあります。私は現在3年目ですが、パートタイムで博士課程をしていて、自分のライフスタイルや他の仕事との両立を可能にするフレキシビリティは、オーストラリアで留学する一つのメリットだと考えています。


(写真)メルボルン近くのグランピアンズ国立公園

さて自分が情報集めに苦労した入学方法ですが、比較的直球で、私の場合は興味のある研究室に「こんな研究がしたいです」という連絡をして、先方が指導教官になってくれるという合意ができたら、応募書類を大学に提出するという流れでした。応募の締切は10月だったのですが、3月くらいから複数の研究室に連絡を取り、候補の研究室を絞りました。私は一大学しか応募しませんでしたが、複数大学に応募する人の方が多いかもしれません。メルボルン大学の応募書類は、研究計画書、英語試験のスコア (IELTSなど)、過去の学位の証明や成績証明書などでした。

個人的に、入学の要になるのは熱意とコネ、そして成績と業績だと思います。私は正直応募時点では過去の研究に関する知識やリサーチクエスチョンの立て方が未熟で、研究計画を形にするのも難しい状況でした。

 しかし、とにかく自分の興味のある研究に関してプレゼンテーションを作成して発表し、その分野への想いを直々に先方に伝えられたのが一つカギになったと思っています (今思えば、すでに立派な研究計画を立てられるのなら、博士課程なんぞやる必要がないと思います)。また、早くから先方と連絡をとり続けることで自分の存在感を大きくする努力をしました。メルボルン大学には大学院入試がないため、指導教官がどの学生を取るかに明確な基準はなく、結局のところコネクションがものを言います。私の場合はコロナ禍で難しかったですが、候補となる研究室に見学に行く、または国際学会に参加して顔を売るなどの行動がとても重要だと感じます。とはいえ、博士課程で研究を開始できるかで一番重要になるのは、お金です。研究室の資金状況、並びに自身の奨学金の有無はとにかく大事です。オーストラリアでは留学生の学費は非常に高額で、メルボルン大学で博士課程を始めるには何かしらの(高額な)奨学金を受給していることが必須です。奨学金はオーストラリアの大学や民間の団体から支給されることが多い印象ですが、もちろん日本の奨学金でも金額基準を満たせば対象になります。ちなみにオーストラリアの奨学金の取得の可能性を高めるには、大学の成績(GPA)や過去の研究成果が重要視される他、分野によっては資格の有無(医学研究における医師免許など)も考慮されることがあります。

■ コミュニティ・コネクションの力

先述したように、私の指導教官は特に、他の研究者とのコネクションを作ることに非常に長けていて、あっという間に国内外の研究者と共同研究を始めます。多くの人を巻き込むことで多面的な研究ができたり他の研究室のデータを利用できたりして、研究の質を上げることができます。私の研究分野に関しては、オーストラリア全土の脳画像のデータバンクが研究用に使用できるようになっているなど国内での共同研究の体制は整備されていて、実際に他大学との共同研究も盛んに行われています。国外に目を向けると、オーストラリアはその歴史的にイギリスやその他ヨーロッパ諸国との繋がりが強く、実際に私もヨーロッパの大学との共同研究を予定しています。また個人的に意外と感じたのですが、オーストラリアは研究資金争いが激しく、比較的多くの人が博士課程修了後に研究資金が潤沢なアメリカでポスドクをするため、アメリカとのコネクションもあります。この国内外のコネクションの豊かさはオーストラリアでの研究の魅力であり、博士課程修了後のキャリアのロールモデルも選択肢も多いと感じています。

オーストラリアではコネクションはすぐ広がるという話をしてきましたが、残念ながら一方で在豪日本人研究者や医師同士のコネクションはあまり強くないのが現状です。他の国籍の留学生についてはコミュニティの力が強力で、共同研究はもちろん、生活の情報共有などもそのコミュニティ内で活発に行われています。また、例えば在米日本人は研究者のコミュニティが充実しており、交流会や研究発表会などが定期的に行われています。先述しましたが、私がオーストラリアに留学するときにその情報収集に苦戦したのは、このコミュニティの力の弱さが一つ原因ではないかと考えました。そこで最近、在オセアニア日本人研究者のオンラインコミュニティを立ち上げました。ANZJA -Australia-New Zealand Japanese Academic Association という名前で運営を開始したばかりですが、お互いの研究内容、ファンディングやポジションの情報を共有したり、研究の基本的な方法論のセミナーなどを開催したりする場にする予定です。この活動を通して、オセアニアでの日本人研究者のプレセンスを高め、日豪の研究のコラボレーションの促進を目指したいと考えています。このコミュニティの立ち上げの少し前に、オーストラリアで医師として留学したい人・働いている人のためのオンラインコミュニティも立ち上げたのですが、約2年で200人近くの方に参加していただき、オーストラリアで働きたいと思っている医師の多さに気づきました(このコミュニティも、元々はアメリカに下以外留学に行く医師のコネクションと情報の潤沢さを見習って始めた試みでした)。研究分野でも臨床分野でも、日豪で医師の行き来が盛んになることで、お互いがお互いから学び、協調し、最終的に日豪両国にとっての利益に発展することを願っています。


(写真)ラボの他のPhDのメンバーとの旅行

■ さいごに

最後になりますが、私がオーストラリアの好きなところを紹介します(笑)。私は医学部生のときにオーストラリアに2ヶ月短期留学をしたのですが、そのときに感じたのは圧倒的な過ごしやすさ、文化的多様性への寛容さでした。3年近く住んだ今もその過ごしやすさは変わりません。私のいるメルボルンでは特にアジア系オーストラリア人やアジア系留学生も多くいるので、個人的にはかなり過ごしやすいです。オーストラリアは移民大国とも呼ばれ、多くの人が元々移民あるいは移民2世3世のため”What’s your background?”という会話が(差別的な意味ではなく)比較的自然に行われます。2013年にはTIME誌の表紙にオーストラリアの文化的多様性を象徴する画像が使用されたことも有名です。この文化的多様性を重んじる中で、First Nation(先住民)の人たちへの意識も高いように感じます。例えば研究の発表の時や大規模なカンファレンスの時には、最初にこの地を貸してくれているFirst Nationの人たちへの感謝を述べることが慣習となっています。もともとオーストラリアがイギリスから独立したことを祝うAustralia Dayという祝日があるのですが、近年ではこの日はFirst Nationの人たちにとってネガティブな日であることを理由に、祝わない人も増えています。様々な文化的多様性へのリスペクトの深さが、様々な多様性を尊重するオーストラリアの文化を作っているのではないかと思っています。

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