シンガポールといえば、「大きな船が乗った高層ビルとマーライオンの噴水がある南洋の観光地」そんなイメージがあるかと思います。日本ではあまりメジャーな留学先ではないですが、近年シンガポールは豊富な資金力を背景に研究競争力を上げています。今回はそんなシンガポールで修士・博士課程を行っている私、伊藤幸一が実際に留学してみての感想をお話しさせて頂くことになりました。
■ はじめに
私は現在シンガポール国立大学建築学科都市分析博士課程のNUS Urban Analytics Labに在籍しています。研究内容としては、人間が都市環境を主観的にどう感じて、交通手段の行動選択するかを研究しています。この研究テーマに興味を持ったきっかけは、学部時代に西アフリカのセネガルでの仏語留学を通して、気候変動と都市計画・交通システムの密接な関係性を実際に感じたことでした。海面上昇や異常気象により常に浸水・洪水と隣り合わせの生活がある一方で、都市における二酸化炭素を排出する自動車中心の非効率な交通システムを目にして、一生をかけて取り組む価値のある課題だと感じられました。
少し話題が逸れましたが、この課題解決に貢献できるように大学院で学びたいと決意したことが、大学院留学のモチベーションでした。また、シンガポール国立大学には修士課程から在籍していますが、進学先として選んだ理由は主に、都市計画・分析が進んでいる場所であること、奨学金が豊富である事、私自身アジアの文脈での都市計画に興味があったことが挙げられます。学部時代からアメリカのロサンゼルス郊外にあるリベラルアーツカレッジで正規留学していた私は、研究・生活を英語でできる環境が良い事と、生活環境としての都市選びも重視して進学先を選びました。進学してみたざっくりとした感想は、研究・私生活の両面において密度が高い経験ができた為、本当に進学して良かったということです。以下、もう少し詳細に受験の流れ、博士課程の仕組みや生活環境についてお話ししたいと思います。
シンガポールの特徴的な建物と海の風景
■ 博士課程出願の流れ
シンガポール国立大学における博士課程の出願は基本的にはアメリカの出願方法・時期ともに同じです。基本的な提出書類はCV、推薦書、パーソナルステイトメント、研究計画書、成績、英語力証明等(TOEFL, IELTS)です。GRE(大学院入試用の試験)のスコアが必要かが学科によって変わります。時期としては、1月中旬頃に締め切りがあり、3月の合否決定までの間に面接等があるという日程です。しかし、アメリカの博士課程とは奨学金のシステムが少し違い、合格者全員に奨学金が出されるわけではありません。奨学金はいくつかの種類が存在しますが、それぞれ出願方法・時期が異なるため、志望する奨学金に合わせて準備をする必要があります。(参照:https://nusgs.nus.edu.sg/scholarships/)私の場合は、奨学金の出願の方が早かったため、博士課程の出願もその締め切りに合わせて1ヶ月半以上早く提出しました。奨学金の内容はそれぞれ異なりますが、基本的に授業料+四年間の生活費(3,000~4,000シンガポールドルで税金は免除)が支給されるので、ヨーロッパやアメリカの大学と比べても遜色ない待遇だと思います。
■ 入学後・研究
入学してからは、合計6つの授業履修とQualifying Examの通過が博士課程前半の目標となります。従って、非常にアメリカのシステムと似ていると思います。しかし、大きな違いとしては、TAやRAの義務が非常に軽い点と授業履修の免除が可能である点です。奨学金受給者は基本的に4年間で416時間のTAやRA業務を義務付けられており、平均すると週で2時間です。アメリカの大学院で一般的な週20時間と比べると大幅に負担が少ないと言えます。また、6つの授業の内3つまでは修士課程で修了した授業の単位を使って消化でき、他大学で履修した授業も認められます。また逆に6つ以上の授業を履修することも可能です。このような仕組みのお陰で、入学してからすぐに自分自身が行いたい研究に集中できる環境があります。
Qualifying Examに関してはWritten ExamとOral Examで構成され、自身の研究計画書を提出した上で、筆記とプレゼン形式で計画がよく練られているかを問われます。授業と試験を通過した後は、自身の研究を行い博士論文を提出し、Oral Defenceを通過した時点で博士課程修了となります。論文出版は基本的に問われない学科が多いと聞きますが、自由な研究時間が豊富にあるため、論文出版はしやすい環境と言えます。
研究環境に関しては、当然研究室によって異なるためあまり言及する事はありませんが、若手の海外出身の教授を惹きつける為のプログラムがあるため、研究実績が豊富で勢いのある助教授が多い印象です。実際に私の指導教授達もオランダやアメリカのトップ大学で博士課程を取得しています。私の研究室では、学生の自由が最大限尊重され、指導教授とも同僚という対等な関係を築いています。
アジアに位置している事から、研究コミュニティや客員研究員等は中国、日本、韓国、などのアジアの大学が中心ですが、博士課程学生として他大学に客員研究員として訪問するための助成金がある為、最大6ヶ月間にわたって奨学金+助成金(およそ2000ドル)をもらいながらヨーロッパやアメリカなどの国外大学へ留学することも可能です。
(写真) Qualifying Examでのプレゼンテーションの様子
■ 生活環境
シンガポールは都市国家で国土が狭く、住宅価格が高いです。そして、当然家賃も高いです。しかし博士課程の学生として、大きく3つほど住む場所のタイプがあり、ある程度家賃支出も抑えることも可能だと思います。
- 大学の寮
一部屋で家賃は月600-2000ドルで、さまざまな条件によって値段も変わってきますが、基本的には同じような条件なら大学の寮が一番安い気がします。 - コンドミニアム(外部)
一部屋で家賃は月1000-3000ドルです。基本的に高くて部屋が狭いですが、綺麗でアメニティが充実しています。 - 公共住宅(外部)
Housing Development Board (HDB)が運営するいわゆる団地です。一部屋で家賃は月700-2000ドルです。コンドミニアムに比べると安くて部屋が大きいですが、少し古かったりアメニティがあまりありません。
ハウジングは色々と書き始めると長々となるので、説明はここまでにしますが、生活費の大半は家賃となるので、PropertyGuruや99.coなどのサイトで私はかなり真剣に部屋探しをしました。
続いては食事ですが、かなり充実していて安い印象です。町のいろいろな所にあるHawker centerやKopitiam(町の食堂的な場所)では中国、インド、マレーシア、日本、韓国、西洋料理などの色々な国の食べ物がお手頃価格で平均5ドルほどで食べられます。もちろん日本人の私からすると日本の食事が一番ですが、安価でしっかり美味しいアジア料理がどこでも食べられる環境は最高です。アメリカに留学していた時と比べるとかなり精神的に助かっています。
町全体に関しても、交通の便も良く、車がなくてもシンガポールの端から端まで簡単に行ける利便性、文化や経済成長を感じる都市環境、緑の豊かさ、など色々いい所があると思います。だいたい月50ドルほどで通学や週末のお出かけ等の公共交通機関利用をカバーできるのではないかと思います。個人的にアメリカは当然ながら日本と比べてもかなり安く便利に公共交通機関を利用できるため、通学からのストレスはほぼゼロです。気候はずっと真夏ですが、暑さに慣れてしまうと気温の変化がない事が体調の安定にもつながっている気がします。
街並みも近代的なビルや植民地時代の建物が混在する為、街を歩くことが好きな人には楽しい都市と言えます。また、充実したショッピングモールで生活必需品を簡単に取り揃えることができるのも利便性の高さの一つの要因かなと思います。加えて、自然へのアクセスが圧倒的に良く基本的に15分くらいでどこかの森や緑地または海岸に行ける行ける感覚です。博士課程においてメンタルヘルスが非常に重要なことは色々なところで議論されていますが、週末や仕事終わりにふらっとモダンな都市景観を楽しんだり、ジャングルを探索出来る環境で、いつも楽しくストレス発散できています。ただ、狭い都市であることには間違いないので、四年間もいると飽きてしまうことがあり、同僚などは頻繁に多様な東南アジアの国々を安く旅してストレスを解消しています。
■ 終わりに
今回は、私自身が現在の博士課程をかなり楽しんでいる為、かなりシンガポール留学の良い面にフォーカスしてお話しさせて頂きました。しかし博士課程であることや海外留学であることには変わりはないので、研究・生活・文化から派生するストレスはあると思います。また、シンガポールの大学は海外大学出身者を重宝する傾向があるので、長期的にシンガポールの大学に教授として就職したい場合は、博士課程やポスドクを別の国で行う必要があります。
今回はシンガポールで都市分析の博士課程を行う一学生の感想を書かせて頂きました。より多くの人にシンガポール留学に興味を持って頂けたら嬉しいです。最後までお読み頂きありがとうございました!
(写真)マリーナベイサンズホテルの夜景