欧州、フィンランドの修士課程【XPLANE TIMES 院留学の本棚】

本記事はXPLANE TIMES(ニュースレター)第6号(2025年2月9日発行)内の連載企画『院留学の本棚』に掲載された記事です。
連載企画『院留学の本棚』では、海外院生の大学生活、研究生活に焦点を当て、大学院留学についてあまり知られていないトピックや、留学志望者にとって有益な情報を提供する記事を掲載しています。第10回の今回は、アールト大学の山本さんに、フィンランドでの大学院生活の一端をご紹介いただきました。

世界に大学院は数え切れないほどあります。もし“海外”という言葉に魅力を少しでも見出しているのであれば、最初から国や地域を狭めてしまうのは惜しいことだと思うのです。専攻分野の内容はもちろん、各国・各大学が用意している修士課程のシステムや個性の了知は、進学先の可能性を広げるはずです。本稿ではあまりメジャーではないフィンランドでの正規留学について紹介します。少しでも参考になれば幸いです。

 はじめに

はじめまして。私は2024年3月に京都大学農学部森林科学科で学士号を取得したのち、2024年9月からフィンランドのAalto Universityというところで修士課程をしています。学部時代は主に木材・セルロースを中心とした材料化学を専門にしていました。学部3年次まで留学は視野に入れていなかったものの、キャリアを本格的に考え始めたとき、自分の専門分野を基礎研究の範囲だけでなく実用化までのプロセスに広げたいと思うようになりました。というわけで分野横断的な勉強が可能、かつ講義がメインであるヨーロッパの修士課程に魅力を感じ、研究分野で有名なジャーナルに載っている論文を漁って興味のある大学を選定。その後血迷って現地に行きました。ヨーロッパの文化を肌で感じたほか、実際にAalto大学の教授にコンタクトを取って「どうしてもこのコースに入りたいんです!」と直談判まがいのことをしたりしました。ただ、効果があったかは謎です。このように山あり谷ありだったものの、なんとか出願を迎えます。志望校は複数あったものの、国によって出願時期や奨学金の関係もあり、最終的に現在の大学に進学することになります。フィンランド以外にはスウェーデン、ドイツ、スイスを進学先候補として挙げていました。

Aalto大学といえば建築やデザインを思い浮かべる方も多いと思います。実際、大学名も有名な建築家であるAlvar Aaltoに由来したものです。キャンパス内にはよくデザイン生の作品が並んでいるので、まるで美術館に来ている感覚になります(写真1)。


(写真1) Aalto University 15years celebrationでデザイン学生の作品が展示されていました。

■ 1セメスターを終えて

Aalto大学は9月〜12月で1セメスターになっています。冒頭で軽く述べたように、ヨーロッパには講義がメインの修士課程が多くあります。例えば私の所属プログラムでは,卒業に必要な単位 120 ECTS 1のうち 90 ECTSは講義から、残りの30 ECTS が修論に当てられます。講義にはもちろんフィールドワークや実験、企業と連携するような実践的なプロジェクトまで広く含まれますが、個人としては今のところほとんどが座学です。

 語学が苦手なので,授業開始当時はとにかく英語が分からず非常に苦労しました。講義時間は様々ですが203時間のものもあれば,デザイン系の授業のように,一日中拘束されるような場合もあります。授業にもよりますが,それ以外に個人課題やグループワーク、テストなど様々なタスクを課され、総合的に評価されるイメージです)。特にフィンランドはグループワークを課す授業が大半です。英語が得意ではないために、グループメンバーとのディスカッションやプレゼンテーションでは辛酸を嘗めたことも少なくありません。

日頃感じているのは教育の違いです。やはりヨーロッパ圏出身の学生がマジョリティな以上、培ってきた思考プロセスのギャップに苦しむこともしばしば。一つの問題について時間を掛けて深く考える機会は多くなく、むしろ画期的、あるいは汎用的なアイデアの提案が要求されます。そういったワークショップを潜り抜けてきた学生が周りに多いので、取り残されないよう食らいついていくのに必死です(写真2)。


(写真2) キャンパスのデザインはAlvar Aaltoが手がけています

■ フィンランドでの生活

良いところは?と聞かれるとまず“軟水”が出てきてしまいます。すみません、絶対これ最初じゃないですよね。ですが石鹸が泡立つ・髪が軋まない・水道水が飲める、というのは結構生活の重要な基盤だと思うので推しておきます。

フィンランドは面積が約34万km2 に対し人口が550万人と、静かで広々とした国です(北海道は面積8万km2、人口500万人)。ヘルシンキ中央駅あたりは観光客も多く賑わいがありますが、少し離れてしまえば森や湖が間近にあって、フィンランド人が自然との共生を大切にしてきたのが十分に伝わってきます。言い方を考えなければ田舎です。

こちらへ来て4か月半。私が住んでいるのはヘルシンキの隣のエスポ  ニいう所ですが、ここまで生活に不便はありません。大きいショッピングモールが多いのでそこへ行けば大抵の必需品は揃いますし、学食は3ユーロ(日本円でおおよそ500円)でお腹を満たせます。美術館や映画館、フェリーなどあらゆるサービスにStudent Discountが用意されているので学生に優しい町です。とは言ってもご存じの通り、北欧は基本的にそもそも物価が高いです。例えば髭のおじさんが描かれた有名なポテトチップス、PRINGLESはロングサイズで500~600円しますし、トイレットペーパーは16巻きで1000円超えもよく見る光景です。もちろん良心的な価格の食品も多くありますし、1kg入ったスパゲッティは100円程で購入できるのですが、先日訪れたドイツはこれの2分の1から4分の3ぐらいの値段だった印象です。家賃は体感400~500ユーロが相場です。

フィンランドの公用語はフィンランド語とスウェーデン語です。フィンランド語はウラル語族で英語などとは文法も単語も似ても似つかない非常に難しい言語とされていますが、実際のところ現地で英語が通じないという場面に遭遇したことはほとんどありません。駅の案内板なども公用語に加えて英語で表記してくれていますし、地元の人が客の大半であろう小さなお店などに行っても英語で対応してくださいます。苦戦しているのは現地銀行のサイトや税金関係等の書類です。これらに関しては公用語でのみ記載されているため、いつもGoogle翻訳を駆使して何とか解読していますが、たまに全く意味の分からない日本語訳しか表示されないときがあります。やはり必要最低限の単語は覚えておいて損はないです(写真3)。


(写真3) スーパーマーケット、左は全てチーズ、右はサーモンの量り売り 

■ リサーチアシスタントとして働いています

あまり有益な経験談は提供できないと思いますが、京大時代の研究室でお世話になっていた先生の知り合いが、たまたまAaltoで研究員をされていたのでそちらのチームでリサーチアシスタント(RA)として働いているので、少し紹介だけ。修士学生なので勤務出来る時間はポスドク・Ph.D.の方々の20%、週7時間が目安となっています。給料は月払い、パートタイムのRAでもそこそこ稼げます。

研究の雰囲気としては「協調性が結構求められるな」と感じています。現在のチームで一つの研究プロジェクトに取り組んでいるのですが、京大時代は学生が一人ひとり異なる研究テーマを持って各々で進めていくスタイルでしたので、自身のマイペースを矯正するいい戒めです。

ゼミや研究ミーティングは月2~4回、それ以上の場合もあります。そこでは常にチーム内でお互いの進捗や問題点を把握し、どのように解決しようとしているのか、あるいは今後の方針を一緒に固めていきます。チームメンバーでランチに行くことはよくありますし、半年に一度程、グループアクティビティなどに出掛けたりします。この秋はチームみんなで陶芸教室に参加しました。

実験装置を求めて国を跨ぐこともあります。フィンランドはシンクロトロンと呼ばれる巨大な円形加速器を持っていないため、今度スウェーデンのルンドという街に行って実験をしてきます。これはヨーロッパならではかもしれません。


(写真4)研究チームで陶芸してきました

■ 終わりに、これから海外大学院進学を考える皆さんへ

隣の芝生は青く見える、とはよく言ったもの。知らないものは近くで、知っているものは少し離れて見たほうが、その実態をより理解することができます。

進学先を考えるにあたって重要なことはいかにニュートラルに選択肢を吟味することです。国・地域に限らず大学ランキングや研究内容、システム、人…様々なパラメータを比較しながら自分の理想と合致する環境を選ばなければならない。そのとき一つのパラメータだけ必要以上に重視したり、気を取られたり、逆に選択肢を絞れなくなることもあるかと思います。そういった場面で自分が本当にしたいことと環境を平行に比較して、時には予想外の候補さえ選択することも必要です。私は進学先を選定し始めた当初はイギリスかドイツに行きたいと思っていましたし、まさか最終的にフィンランドが新天地になるとは想像もしていませんでした。

また、海外に限らず、大学院に進学することは一つの選択ですし、進学の時期も、特にフィンランドに来てからは社会人を経験してから学生に戻った人も非常に多くいます。私にとってはキャリアを積まれた方と一緒にグループワークやディスカッションをすることも一つの勉強です。

新しいことに挑戦する際は時間と労力、お金も掛かります。そういったコストを割ける余裕、かつ自分のモチベーションが継続出来る環境と理由が固まってからでも決して遅くありませんし、“留学”は必須事項でもありません。決して焦らず、自分で精一杯考えた進路やキャリアを選択することを一番大切にしてください。

最後に、この記事が少しでも留学情報源の一端を担うことが出来ていれば幸いです。何か質問や相談があればいつでもSlack等(@Chihiro Yamamoto)でご連絡下さい。

■ 博士での留学という選択肢

■ 終わりに

  1. ヨーロッパ単位互換制度(European Credit Transfer and Accumulation System)における単位換算のこと。1年間の学習量の目安が60 ECTSと言われている。 ↩︎
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