留学志望者の方の相談に乗っていると、「そもそも、自分の分野で強い海外の研究室の探し方が分からない」という相談を度々耳にします。そこで今回の記事では、主に志望校を決める第一段階としての情報収集の方法にフォーカスして、修士・博士関わらず参考となるような一般的な手段をまとめています。
(注:本記事はXPLANE運営の出願ガイド作成チームに所属しているアメリカ・ヨーロッパの修士または博士課程在籍中のメンバー10人程度で意見を出し合い、なるべく客観的かつ一般的な情報を提供するようにしていますが、プログラムや研究室などの選び方は課程、国、分野などによって大きく異なります。その点をご理解の上で参考にしてください。)
1. 海外大学院プログラムの調べ方
まずは大学院で専攻したい分野、学問、プログラムについての理解を深めることが重要です。
1.1. 関連キーワードで検索してみよう
専門用語やキーワードを活用して検索を行う方法です。例えば、「(分野)PhD Program USA」や「(分野) Graduate Program」といった用語でGoogleや他の検索エンジンを利用すると、関連する大学やプログラムが見つかりやすくなります。この際、使用するキーワードに業界標準用語を意識すること、特定の研究テーマや方法論を含める(例: ‘sustainability in tourism PhD’)と検索精度が高まっておすすめです。
1.2. 大学のプログラムのホームページを読み込んでみよう
検索して出てきたら、学科やプログラムのホームページをまずは読んでみましょう。ホームページの中で「Graduate Program」「Master Course」などのページに行けば、プログラムの詳しい概要(卒業要件、授業内容、奨学金など)が書いてあると思います。FAQ (Frequently Asked Questions)のページを用意しているプログラムもあるので、そこも情報を得るのに役に立つでしょう。この作業を幾つかのプログラムでやってみると、学科ごとに違うこと、あるいはその分野の大学院では共通なことなどに気づけるはずです。
1.3. 複数国のプログラムを比較してみよう
また、留学先の国によって大学院の制度は大きく異なるため、複数の国の大学院について調べて比較してみるのもおすすめです。アメリカでは修士と博士で一貫の課程を設けていることも多い一方で、ヨーロッパでは修士課程と博士課程は大抵の場合分かれており、国によって学部と修士を合わせて5年というプログラムを組んでいるところもあります。このような場合、同じ修士や博士という学位でもレベルや内容などが日本と違うことも多く、よく調べる必要があります。Webサイトに載っていれば、シラバスを熟読するようにしましょう。(比較方法の例:大学ランキング・国の大学入学制度・プログラムの長さ)
1.4. 研究者からも調べてみよう
また、研究がメインの活動となるプログラムに進学する場合、当然ながら研究を共に行う指導教官はプログラムと同等以上に非常に重要です(研究者の調べ方は「3. 研究者の探し方」に後述します)。また、XPLANEニュースレターの大学院留学生アンケートコーナーでも『指導教官・研究室を選んだ決め手』として特集したことのあるテーマなので、こちらもお読みください。
1.5. メール・SNSなどでのアプローチを活用しよう
そして、さらに詳細な情報を得るために、メールを通じて在校生や教員にコンタクトを取って、プログラムの雰囲気や指導教官候補の先生について聞くことをおすすめします。SNSでも、LinkedIn、X(旧Twitter)、noteなどで関心のある分野の研究者や大学をフォローし、博士課程の募集情報や研究コミュニティにアクセスすることもできます。また、直接繋がれる人がいなくても、自分の希望分野の日本人研究者に聞いて紹介してもらうことも可能です。XPLANEコミュニティにも、希望分野や志望大学の先輩がいるかもしれません。奨学金などのサポートは、知ってる方に直接聞くのが一番です。
その際に留意することとして、
- 自分の興味や研究テーマを簡潔に説明するメールを作成する
- 希望教授の研究分野と一致する点を強調する
- 情報提供に感謝の意を伝える
ことを忘れないようにしましょう。
1.6. 留学エージェントを活用する方法もある
留学エージェントやサービスを利用することで、情報収集の負担を軽減できます。ただし、支払いが発生する可能性が高い一方で、ニッチな分野ではまだ対応が十分でない場合が多いため、サービス内容を事前に確認することが大切です。筆者の意見としては、
- サービスを利用する際に、希望する分野を明確に伝える。
- 個別の大学の情報に関しては自身で様々な方法を用いて情報収集する。
- エージェントからの情報を過信せず、ビザ手続きなど事務的なことへの補完的な手段として利用する。
という使い方をおすすめしています。
2. プログラムを選ぶ際に重要視すると良いポイント
プログラムを選ぶ際に重視すると良いポイントとして、メンバーからは以下の点が挙がりました。 なお、この点については、過去の留学ガイド『志望校選び』にも詳しいため、こちらも参照してください。
Facultyの数-
さらに、特にアメリカだと、大学間で教授が移籍することも多いため、「他大学からの流入が多い/他大学への流出が多い」といった事情を見ることでもプログラムの勢いや状況の参考になります。
Funding/Grant の長さや予算などの期間-
先に分かっていればいるほど有利な情報です。プログラムのホームページで「5年間はStipendを保証する」「internationalの学生は応募できる奨学金が少ないため自国で奨学金を確保してほしい」などとと明記してあるような大学もあります。
教員やプログラムとの相性
研究の進め方・方向性・柔軟性など(研究ベースの場合)
自分の進学目的と一致しているか、人数・規模(特に修士課程の場合)-
学部/大学がどのような学生層なのか(日本人の割合や留学生の多さなど)もその学部の空気感を知るための情報の1つなので、調べてみることをお勧めします。
ロケーション-
企業が近くにあるかは共同研究、試薬の提供などの点の他、大学院卒業後に現地で就職活動することを考えている場合も影響してきます。生物・基礎医学系の場合、大学病院が近くにあるかなどもポイントになり得ます。高度な測定機器を使う分野、フィールドワークがある分野の場合などもロケーションは重要です。
3. 研究者の探し方
大学院での指導教官候補の研究者を探して、それを元に出願プログラムを決めるという方も多いと思います。以下ではそのケースについて述べます。
3.1. 論文から探す
最新の論文を中心に調査することが重要で、次のような探し方の例があります。紹介しているツールも活用しながら探してみてください。
- 論文(特にレビュー論文等)から気になる筆者を見つけ、大学やプログラムを見つける (Google ScholarやResearchGateなどが便利)
- 何度も引用されている論文や、発展している研究トピックの提唱者を見つける(Connected Papersなどのツールを活用すると論文同士の関連(ネットワーク)をグラフ化して可視化してくれるので便利です)。
- Rapid Journal Quality CheckはGoogle Chrom add-onで、キーワード検索で目安となるジャーナルを探せます。
- 論文のAcknowledgmentの項を読むと、研究者同士の関係性が分かることがあって有用な情報になることがあります。
- 興味のあるテーマの研究者を追跡していると、隠れた優良プログラムを発見できることがあります。
3.2. 学会で探す
主要学会での発表者を調べたり、自身が学会参加に参加した時にSocializing Eventなどで直接聞くという方法で研究者やプログラムが見つかることもあります。基調講演者(Keynote Speaker)や招待講演者、自分が興味のある分野でのワークショップでの発表者、あるいは面白い発表をしている学生の所属研究室、多数の学生が発表している研究室など、学会は様々な見方で研究者を見つける機会になります。
また、自分が発表する際に「PhDプログラムを探してます」とアピールすることも可能です(ポスターに書いておくなど)。名刺、連絡先、CV、Linkedinなどを準備してすぐに出せるようにしておくと良いでしょう。
3.3. 指導教員、経験の長い研究者などからの紹介で探す
国内外問わず、関連分野の教授や研究者に直接連絡を取ることで、詳細な情報や推奨されるプログラムを教えてもらえる場合があります。直接の知り合いでなければ、メールやLinkedInを活用するとよいでしょう。また、聞いた相手本人だけでなくその人の知り合い、という形で紹介で良い研究者やプログラムが見つかることもよくあります。メンバーからも、「興味があった先生にメールしたら、その人は学生を取れなかったが、代わりにおすすめの研究室を紹介してくれて実際その研究室のあるプログラムに進学した」という実際の例が出ました。
3.4. 予算の出ているプロジェクトから探す
政府や研究活動支援機関から大型の予算を獲得していることも研究室の研究環境の指標の1つなので、逆に予算から研究者や研究プロジェクトを調べることも可能です。予算の金額も重要ですが特に後何年分のFundingが残っているかもポイントとなります。ただし、研究分野によって資金の獲得元はまちまちで、企業との共同研究の場合など内部情報で公開されていないのことも多いので注意は必要です。以下は予算やプログラムを探せる一例になるページです。
アメリカ
NSF: https://www.nsf.gov/awardsearch/ (PIの名前で検索可能)
NIH: https://reporter.nih.gov/ (キーワードで検索可能)
カナダ
CIHR: https://cihr-irsc.gc.ca/e/193.html
NSERC: https://www.nserc-crsng.gc.ca/index_eng.asp
SSHRC: https://www.sshrc-crsh.gc.ca/home-accueil-eng.aspx
ヨーロッパ
Erasmus Program https://erasmus-plus.ec.europa.eu/projects/search/
4. 分野別の体験談
以下では最後に、メンバーから出た分野特有の情報について、分野ごとに紹介します。
【分野:大気海洋科学】
レビュー論文の集大成であるIPCCのリードオーサーなどは分野で強い人。論文やWebサイトだけではわからない本質情報はやはり人づてで得るのがよく、いわゆる大御所や気鋭の若手研究者などを知っていて、さらにはその人物の人となりまで知っているとなお良い(良い研究者が良いメンターであるとは限らない)。
予算は研究機関にもよるが、例えば国立研究所の研究所の場合、指導教官によらずプログラム全体に予算が出るので研究の自由度が高いことがある。一方で政権などの影響を受ける可能性もある。
判別要素の例
- 大きな専門研究所例:GFDL (Princeton Universityと提携), NCAR (CU Boulderと提携), Scripps Instituteion of Oceanography (UC San Diegoと提携), Lamont-Doherty Earth Observatory (Columbia Universityと提携), Woods Hole Oceanographic Institution (MITと提携)
- ファカルティの人数
- 学会やワークショップでのプレゼンス(招待講演者等) 例: AGU, EGU
【分野:コンピューターサイエンス】
コンピュータサイエンス、特にAI分野の競争は熾烈になっており、博士課程に応募してきてる人のレベルは年々上がってるように思います。
所謂”強い研究室”からは何本も毎年コンスタントに代表的な学会に投稿されているように感じますし、だからこそ、応募時点で主要な学会での筆頭著者論文を一つでも持ってることの重要性は上がってきます。
また有名学会のワークショップでは、新進気鋭の若手研究者がホストもしくは登壇しがちなので、そこで強い研究室を知り、ワークショップへの投稿を通じてそういった研究者とコネクションを持つのが良かったと今振り返ると感じます。
関連学会
- ロボティックス:IROS,ICRA,RSS, CoRL
- ヒューマンロボットインターフェイス(HRI, HCI): CHI, HRI, CSCW
- コンピュータービジョン(CV):ICCV, CVPR, ECCV
- コンピューターグラフィック(CG):SIGGRAPH
- AI倫理・公平性: FAccT, AIES
- 自然言語処理:ACL, EMNLP, NAACL, COLING, LREC
- コンピュータービジョン(CV):ICCV, CVPR, ECCV
- コンピューターグラフィック(CG):SIGGRAPH
- AI倫理・公平性: FAccT、AIES
- 自然言語処理:ACL、EMNLP、NAACL, COLING, LREC
【分野:AI倫理・公平性・透明性・説明責任性・信頼性】
CSと人文社会科学を融合した分野なので、自分に適したプログラムを探すのに苦労する。コンピューターサイエンスに研究室がある場合、Information ScienceのようにiSchool的な所に当てはまる場合、HCIのように総合的な分野に入る場合、あるいは教員がCommunicationなどの社会科学系に所属している事もあるので、色々なDepartmentを調べる必要がある。
プログラムを見る上で重要な点・指導教員の見つけ方
学際的な分野においては指導教員との相性・研究の方向性が合っているかが一番重要。またその先生が主要な国際会議であるFAccTやAIESなどで成果をあげている、あるい分野においてコネクションや人脈が沢山あるがどうかが重要になってきます。
主に大学に所属している先生にアプローチすることになりますが、主要な研究者が企業に移籍し所属が変わっている場合(あるいは以前所属していた場合)もあるので、事前連絡した際に生徒を取っていないと言われるケースもある。(その時は他の先生の紹介などをしてもらえる事があります。自分も今の教員に紹介を通じてたどりついた。)学際的な分野の場合、様々な手法や理論を用いる事にどのくらい柔軟なのかとかも大事になってくると思います。
【分野:人事労働組合学/組織行動学/組織心理学/観光経営学】
私個人は、社会人留学をする方から情報やサポートがないというご相談を受けることがが多いです。学部から直接の進学の場合、「どのような学問があるのか?」という部分が更にわかりにくいようです。
学会での情報収集
- 米国内外問わず、関連する学会(例: CHRIEやAOM)に積極的に参加するのがおすすめです。日本国内でも様々な学会が実は開催されています。
- 人文社会学の学会の例:AOM(世界最大規模の経営学学会)、CHRIE(観光ホスピタリティ系学会)、APS/APS/SIOP(心理学系学会)
- 観光・ホスピタリティはグローバルな分野なので、イギリス、オーストラリア、スイスなど、他国の博士課程も視野に入れるのが大事です。
【分野:教育学】
旧Twitterで自分と同じ分野でアメリカの博士課程に在籍している日本人の方にいるのを拝見して、その方にコンタクトを取り、プログラムの雰囲気や先生方についてお聞きして、好印象だったのでそのまま出願・進学しました。結果として、指導教員も良い方ですし、プログラムの雰囲気も自分に合っていると思います。教育学の分野において、出願前の指導教員へのコンタクトは必須ではないので、そのまま出願した形になります。