留学でマイノリティとなった体験【XPLANE TIMES 大学院留学生アンケート#6】

本記事はXPLANE TIMES(ニュースレター)第6号(2025年2月9日発行)内の『大学院留学生アンケート』に掲載された記事です。『大学院留学生アンケート』は、XPLANE Slackに在籍している海外大学院生に対してアンケートを行ったデータをもとに、大学院生かつや留学先での生活の実情を探るコーナーです。

『大学院留学生アンケート』は、XPLANE Slack に参加している海外大学院生に対してアンケートを行ったデータをもとに、留学先での生活の実情を探るコーナーです。 これまで住宅と賃貸事情(Vol.1)留学中のパートナー事情(Vol.2)指導教員・研究室を選んだ決め手(Vol.3)ギャップタームの過ごし方 (Vol.4)休日の過ごし方とコミュニティの作り方(Vol.5)と、様々な観点から調査を行なってきました。今回は留学でマイノリティとなった体験をテーマとして、17名から回答をいただきました。

回答者の留学先は、アメリカ合衆国が9名、イギリスが3名、インドネシア、オランダ、スイス連邦、チェコがそれぞれ1名でした。専攻分野は、生態学、物理学、心理学、教育学など幅広く、回答者の多様な背景も見える回答でした。また、留学してから何年目かという質問に対しては1年目05年目以降と回答が得られましたが、最も多いのは1年目という回答でした。

DEIという言葉を聞いたことがある人もない人も、もしくは聞いたことはあるけれど定義をよく知らないという方もいらっしゃると思います。なので、記事の最初に、DEIとは何かということに軽く触れておきたいと思います。

 DEIとは、「Diversity, Equity, and Inclusion」の略で、「多様性・公平性・包括性」を意味しています。「多様性」とは、性別や国籍、文化の違いだけではなく、セクシャリティ(性的指向)や人種、宗教、障がい等の違いも含んだ意味合いを持ち、DEIとは、このような違いに左右されることなく、すべての人が「公平」に扱われ、かつ、それぞれの多様性が認められる「包括性」のあるコミュニティ作りと、それらに関する活動全般のことを指します。

 もっと知りたいと思う方は、是非、教育学と心理学の教授であり、University of Michigan の Chief Diversity OfficerでもあるDr. Tabbye ChavousがLinkedInに投稿されていた記事(DEI Defined: What Diversity, Equity, and Inclusion Really Means)も読んでみてください。

 もちろん、それぞれの学校や会社などの所属団体によって細かな定義は異なってくると思います。ここで紹介した定義は一例に過ぎません。これを機に皆さんがDEIに興味を持ってくださると嬉しいですし、時間がありましたら、ぜひ今所属されている団体におけるDEIの定義がどんなものなのか調べてみてください。

回答では、マイノリティだと感じることが「増えた」と答えた人が80%を越える結果となりました。また、具体的なエピソードとしては次のような内容がありました。

  • アメリカ育ちの白人が多い大学のため、人種的・言語的に、マイノリティだと感じる
  • ネイティブの英語の日常会話についていけないとき
  • 人種やethnicityの話になったときにアジアが含まれない
  • キャンパス内唯一の日本人学生で、めったに日本語を話せないところ
  • 日本人というよりかはアジア人だという認識に
  • ジェンダーはマイノリティではなくなったが国籍や人種がマイノリティになった

このように人種的・言語的なマイノリティ性に関する回答がほとんどを占め、ジェンダーやセクシュアリティ、年齢や宗教といった他のマイノリティ性が高まったという回答は見られませんでした。また、アジアという枠組みで見てもマイノリティになる場合があり、「アジア人はいるけれども日本人は自分だけ」といった留学ならではの体験は独特なものだといえるでしょう。また、留学先で人種やエスニティについて話す際に、アジアが含まれないことで日本を含むアジアが不可視化されている様子も見えてきました。

 

留学後の方がDEIに関する意識が高くなったという回答が半分以上である一方で、大きく変わっていないと感じる人も一定数いることがアンケートの結果から見受けられます。

  • DEIに対する意識が留学後高くなった要因の具体例としては、以下のような回答をいただきました。
  • 自分がマイノリティになったから
  • inclusivenessとは何かを知った
  • 自分とは違う特定の国出身の人が多い環境の中で、自分が正しいと思ったことでも相手の国の価値観に合わなかったために納得してもらえず合意に至らないことがあったから
  • 授業も研究も、その他学内で流れる情報やイベントも、DEI関係のものが多い

このように、自身がマイノリティーであるという自覚や、DEIイベントの広告や学内のプログラム等を通してDEIに触れる機会が増えることが意識の変化に繋がるように見受けられました。しかし、「周りのDEIに対する熱量についていけない。大事なんだろうなとは思うがちゃんと学ぶ機会がないのもあって重要性がそこまでわからず、エッセイで求められたらそれっぽいことを書くスキルだけ身についている気がする」といった回答もあり、中にはDEIに対する向き合い方を悩んでいる人もいるようです。

また、DEIという言葉自体についての考え方や知識に対する変化についての質問では、「留学前はDEIという言葉自体の意味を全く、もしくは詳しくは知らなかった・聞いたことがなかった」という回答が多く寄せられました。なお、知っていた人でも、「日本との文脈の違いに驚きました。日本はジェンダー(女性活躍)が主ですが、アメリカは人種が主。バックラッシュは想像以上に強いと思います。」と回答してくださった方がいたように、日本と海外での定義の違いがあることが見受けられます。「日本でのDEIと滞在先でのDEIの感覚の違いを感じたことがあるか」という質問でも、「はい」という回答が8割以上でした。ちなみに、アンケートの回答で、多様性が組織に与える影響について、マシュー・サイド著の『多様性の科学』がおすすめですとコメントいただいたので、興味がある方は読んでみてください!

アンケートの結果を見る限り、留学先にDEIプログラムが必ずしもあるとは限らないようです。また、それらが役に立っているかと言われると微妙な場合や、判断しにくい場合もあるように見受けられます。こういったプログラムの具体例としては、

  • 留学生向けの新入生歓迎イベント
  • スピーキンググループ、potluck、ジェンダーアイデンティティワークショップ、脱植民地主義ワークショップ
  • International officeの交流会
  • BIPOC対象のスタディセッション、留学生対象のサンクスギビングランチ

などがあり、留学先によってはメール等でこういったイベントの告知がある場合もあるようです。

回答者の7割が、なんらかの人種差別を受けたことがあるという結果になりました。今回のアンケート回答者に対して人種は尋ねていませんが、ほとんどの方がアジア系だと想定されます。全員が欧米への留学者なので、白人中心社会において、アジア系として差別を経験していることになります。具体的には、以下のような例が寄せられました。

  • 南欧に旅行に行った際に「チーノ」とからかわれた。
  • フランスでは通りすがりにニーハオや目を引っ張る動作をされたことがある。
  • Covid-19の流行時に、アジア系という理由で街で暴言を受けることがあった。
  • Your English is good.という典型的なマイクロアグレッションの例文を言われたことが何度もあります。

最後の例については、「日本人やアジア系は英語が下手」という、人種に関するステレオタイプに基づく発言になります。1〜3つ目の例のような、明確な悪意に基づくものではありませんが、無意識に人を傷つけてしまう発言で、マイクロアグレッションと呼ばれます。同様に、例えば「アジア系は数学が得意」といったものもマイクロアグレッションとして考えられるでしょう。

自分自身が人種差別的な思考・言動をしてしまった経験については、特定の人種や国籍に対して自身が持つステレオタイプが表出した例が多く挙がりました。

  • 意識的にしたことはないが、特に留学初期はステレオタイプ的な発言はしていたと思う。
  • 南米(ブラジルではない)で産まれ幼少期を過ごした方にスペイン語で話かけると、その方はスペイン語を今は話せずとても微妙な雰囲気になりました。無意識に人種や言語、国籍などを結びつけた発言をしていると思いました。
  • 黒人の方と自己紹介していたときに、名前が正しく聞き取れず、マシュマロと聞こえました。その際にマシュマロ?と聞き返したら、マシュマロが白の象徴であるであるため、からかっているのかとフレンドリーな口調ではありましたが、言われてしまいました。直接聞き返すのではなくスペルを教えて、などと聞けばよかったかなと思います。
  • 当初は無意識下で黒人に対する恐怖心が少しあった。
  • フランスでアラブ系の人がたまっているところを怖いと思ってしまう。

日本であまり接する機会のない人々に対し、私たちはメディア等を通じて特定のイメージを形成しています。もちろん、異国の地でトラブルに巻き込まれないように対策することは必要ですが、その注意の対象が人々一般ではなく特定の人種に向いているのであれば、そこにはやはり、その属性に対して自分が持つネガティブなイメージが投影されていると言えそうです。

DEI関係で他に印象に残っているエピソードを広く尋ねたところ、留学生活そしてキャリア全般について、以下のようなコメントが寄せられました。

  • 留学を始めて最初の授業の冒頭の自己紹介で、当たり前のようにpronouns(she/her, he/himなど)を聞かれて戸惑った。自分がどのpronounsを使うか考えたことも、日本で聞かれたこともなかったので。DEI関係の事項は、アメリカでは大学生活のあらゆる側面に練り込まれている印象。
  • アメリカ国旗を車に付けている方などがいると少し気を引き締めて行動しなければ、という気になります。特に2016年と2024年の選挙後はキャンパス外を歩くのが少し怖かったです。

これらは、アメリカに留学している方々からのコメントです。「アメリカ国旗を車に付けている方に対して気を引き締める」という点については、おそらく、相手が過度なアメリカ至上主義、排外主義的な考えを持っている可能性があるため、有色人種の外国人として緊張してしまうということだと考えられます。また、掲載した以外に「近年アカデミアにおける就職でDEIへの貢献が重要視されること」に関するコメントもありました。

さらに、キャンパス内外を問わないマイノリティ体験として、次のようなコメントが挙がりました。

  • 周りの視線を気にするようになった。自分が存在しているだけで、不愉快だと思う人がいるかもしれないと考えるようになった。
  • 日本で海外からの方を見るとすぐにどこの国から来たのか考えてしまいますが、渡米後思ったよりもどこの国出身か聞かれなかったです。

1点目について、言語も文化も違う異国の地で、周囲の視線を気にしてしまうのは仕方のないことですが、人種や出自によって差別するほうが悪いということは常に心にとどめておきたいものですね。2点目については、マイクロアグレッションを避ける意図から、出身地(特に国)を聞かないということが考えられます。アメリカで生まれ育った日系アメリカ人や、日本で生まれ育ったヨーロッパ系日本人に対して、「どこから来たの?」と聞いてしまう事案(つまり、この国の生まれだという可能性に思い当たらない)は往々にして見られます。

以上のような自分自身の経験を踏まえて、今後留学を志す人へのアドバイスを聞きました。まず、留学生活やキャリアの観点から、以下のようなコメントがありました。

  • DEI的にアウトな言動もあるので、欧米(特にアメリカ)に行く予定の人は概要を多少学んでおいたほうが良いと思う。「有色人種はcolored peopleではなくpeople of colorと言う/書く」など、普通の英語の授業では習わない常識のようなものがあります。
  • 多様性を尊重しつつも東アジアコミュニティのあるところに留学すると精神的な支えになると感じます。アメリカではDEIへの反発が強く、一部の州ではDEIセンターの閉鎖やカリキュラムの変更が必要になっており、大学や州の方針が自身の考えに合うかどうかを確認する必要があると思います。

まず言語について、DEI関係の語彙は日本での外国語の授業ではなかなか習いませんが、現地で「昔は使われていたものの、今は不適切とされている言葉」は色々とありますので、多少渡航前に知識を持っておくと良いというコメントです。また、アメリカでは州ごとに保守とリベラルが多いか、東アジア系の人種比率が大きいかの違いが激しいことは知っておくと良いと思います。

また、以下のように留学中に限らず、将来的にも関係してきそうなコメントもありました。

  • 差別されることも経験だと割り切る。差別される側に立って初めて、見えるものがある。
  • どちらが良い悪いという単純な話ではないが、日本は民族的な多様性が大きくない分、普通に生きているとDEIに関して意識する必要性が少ない。特にアメリカに留学する場合は、最初のうちは自分の発言にかなり気をつけておく方が良いと感じる。

日本でも歴史的にアイヌ民族や在日コリアン等の人々に対する差別があり、最近ではクルド人や性的マイノリティへのヘイトスピーチが顕在化していますが、大学など教育機関でのDEIの扱いは小さいものです。近年ではDEIに関連して、「インクルーシブ教育」といった言葉も聞かれるようになったものの、専門分野によっては縁遠いものかもしれません。だからこそ、留学先で無意識に人を傷つけてしまったり、自らが差別を受けて新鮮に驚いたり悲しんだりすることもあるでしょう。そうした異国での経験を、日本社会をより住みよいものにするエネルギーへと変えていきたいものです。

 今回のアンケートはこれまでと異なり、自分が他人に傷つけられたり、自分が他人を傷つけてしまったりした経験を尋ねるというセンシティブな内容を含むものでしたが、回答者の皆様からは率直なコメントを頂戴しました。アンケートにご協力くださり、本当にありがとうございました。

  • URLをコピーしました!