アメリカで栄養学の博士号を目指して ―日本で学部、臨床経験、修士を経てアメリカ博士課程へ―【XPLANE TIMES 院留学の本棚】

本記事はXPLANE TIMES(ニュースレター)第8号(2025年10月31日発行)内の連載企画『院留学の本棚』に掲載された記事です。
連載企画『院留学の本棚』では、海外院生の大学生活、研究生活に焦点を当て、大学院留学についてあまり知られていないトピックや、留学志望者にとって有益な情報を提供する記事を掲載しています。第13回の今回は、Tufts Universityで栄養学の PhD在籍中の足立さんに大学院生活の一端をご紹介いただきました。

「栄養学の研究が盛んなアメリカで博士課程に行きたい。」そう考えて、手探りに、できる範囲でいろいろな経験を積み、幸運に幸運が重なり、現在ボストンにあるTufts University Friedman School of Nutrition Science and Policy(タフツ大学フリードマン栄養科学政策大学院)の博士課程在籍中の足立里穂と申します。栄養学は他の理系分野と比べ、留学している日本人は少ないですが、栄養学においても学位留学という選択肢があるということを共有させていただければと思います。

目次

 留学前

小さいころから料理やお菓子作りが好きで、将来の夢はパティシエ。万が一でも博士課程まで行くなんて考えていなかった私が「食べ物やそれに含まれている栄養素のことなら興味をもって楽しく勉強できるかも」と気付いたのは高校生のときでした。受験勉強を頑張り合格したお茶の水女子大学で食物栄養学を専攻し、学士号取得と同時に管理栄養士の国家資格を取得しました。留学プログラムが充実している大学であったため、留学してみたいという気持ちはありましたが、管理栄養士の国家資格取得のためのカリキュラムがタイトで、留学をする場合は卒業を遅らせる必要がありました。同級生の友人たちと一緒に卒業したいという気持ちの方が強く、学部中に留学はせず、大学院でチャンスがあれば留学しようと考えていました。このころから、栄養学を活かして人々の健康増進に役立つ研究をしたいと思うようになりました。集団を対象として、疾病を予防し健康増進を目指す学問である公衆衛生学という学問分野を知り、学士号取得後は公衆衛生大学院への進学を検討していました。しかし、公衆衛生大学院への進学はなにかしらの実務経験があったほうが面白く学べるということを複数の知人から聞き、学士号取得後すぐの院進と迷ったものの、まずは管理栄養士として働くことにしました。

勤務したのは大学病院で、症例の数は多く、疾病の種類も多岐にわたっていました。一人ひとりの病態にあった病院給食の献立作成や、疾病にあった栄養指導をおこなう中で強く感じたのは、患者さんと医療者の一対一の治療も重要ですが、患者さんが病院に来る前の時点での、集団全体の健康を増進していくことも重要ではないかということです。(この考え方は公衆衛生学において、下流(downstream)と上流(upstream)と呼ばれていることを後に学びました。)

仕事には慣れてきたところですが、やはり公衆衛生大学院へ進学したいという気持ちは燃え続けており、病院に勤務しながら公衆衛生大学院の受験準備をしました。当時COVID-19の流行により、海外へ気軽に行ける状況ではなかったため、このタイミングでの留学は諦め、国内での進学にフォーカスを当てました。日本に公衆衛生大学院はいくつかありますが、栄養学と公衆衛生学をかけ合わせた分野を学びたいと考え、栄養疫学研究の論文を多数国際誌に掲載している社会予防疫学分野のある、東京大学の公共健康医学専攻(東大SPH: School of Public Health)へと進学しました。管理栄養士としての病院での実務経験は、予想通り公衆衛生大学院での学びを有意義にしてくれ、さらに現在の博士課程での研究にも繋がっていると感じます。

修士課程での研究は、自分が筆頭著者としてメインで進めていたものが2つ、共著者として関わっていたものが3つでした。加えて、インターンシップやアルバイトとして日本の栄養政策や健康政策に関する調査(文献レビューなど)や国立の研究所でのリサーチアシスタントも経験しました。これらは全て海外大学院への出願のためにやっていたというわけではなく、修士課程の間にありがたくもお誘いをいただき一緒にさせていただいたものでした。ひとつひとつのプロジェクトを丁寧に進めるなかで、自分の実力も付いたと感じられましたし、いろいろな分野に触れたことで、自分は何をやりたいのかということにも気づけたように思います。

■ アメリカ博士課程への出願

出願する大学を選ぶことはとても難しい過程でした。私の場合はまず、自分が博士課程でどういうことを学びたいかをクリアにするところから始めました。引き続き栄養学を活かして人々の健康増進につながるような研究を続けたいという思いがあったのと、管理栄養士として患者さんと関わる中で、「健康的な食事がどういうものかは分かっているけれども、実際の行動にうつすことは難しい」と感じている人々に出会ったことがきっかけで、栄養学と行動変容の両方が学べるような大学を探しました。大学探しはまず、修士の研究を進めるうえで読む学術論文の著者の所属先に注目し、どのような大学でどのような研究が行われているのか、どのような研究者がいるのかを日頃からチェックしていました。また、学びたい分野に関連する単語にphdをつけて検索を繰り返しました(私の場合はnutrition behavior change phdなど)。現在私が所属しているタフツ大学は、Nutrition Interventions, Communication, and Behavior Changeというまさに私が勉強したい専攻を持っていたこと、アメリカで唯一栄養学の大学院として存在していること(School of Nutrition Science and policyであり、他の大学のようにSchool of MedicineやSchool of Public Healthの一部としての栄養学の位置づけではない。栄養学自体により重きをおいて多方面から栄養学を勉強できると考えました)、ボストンという住みやすそうな場所だったこと等から、ここを第一希望としました。

修士号取得のための研究と併行して、約1年かけて出願準備をしました。出願に必要な書類は、アメリカ留学に一般的なもので、エッセイ、CV、推薦状3枚、成績表(WESというサービスを使って大学、大学院の成績をアメリカ式の計算でGPAに変換)、英語スコア(スピーキングが対面のIELTSにしました。その他TOEFL等でも可)でした。GREは任意提出であり、一度も受けませんでした。エッセイは、XPLANEのSOP執筆支援プログラムを活用したのと、アメリカで公衆衛生学、栄養学で博士号を取得した方々に運良くつなげていただき、添削をしていただきました。CVには、Ongoing Research Worksとして当時関わっていた研究を記載し、また、国内での学会発表が1回、日本で開催された国際学会での発表も1回あり、そちらについても記載しました。病院での臨床経験、インターンシップやアルバイトなどについては、どのような役割だったのか、どんな成果を上げたのかを簡単に記載しました。CVのテンプレートはアメリカの大学のキャリアセンターのホームページに掲載されているものを参考にすると良いと思います。出願の締め切りと修論提出の締め切りが重なり全く時間がなく、深夜まで出願書類を用意していたことを思い出します。出願から1ヶ月半後の1月中旬にタフツ大学の教授と面接(30分)をし、3月の初めに合格通知をいただきました。

アメリカの登録栄養士(RD: Registered Dietitian)の資格取得ではなく、栄養学の博士号を目指しての留学ということで、情報が少ないながらも合格できた理由として考えられるのは、研究経験と実務経験の両方があったこと(エッセイに自分の経験に基づく強い思いを書くことができた)と、アメリカの博士課程出願の経験のある方々にサポートしていただくことができたことだと考えています。国によって出願システムが異なり、各書類の書き方、魅せ方は、やはり経験のある方に見ていただくのが良いと感じました。

■ これまでの博士課程

一般的なアメリカの博士課程の流れと同じで、始めの1-2年は授業を受け、その後、授業できちんと学べているか、博士課程の学生としての素養があるかどうかを試される試験である、Qualifying exam(Qual)を受けます。授業は1タームに4-5つ、全部で3ターム受けました。大学選びの決め手として考えていた通り、ほとんどすべての授業が栄養学を中心に設計されており、さらにそれぞれの教授の専門分野が足された形です。受けた授業は、行動変容理論、統計学、栄養疫学、栄養政策、食糧経済学、ライティングなどです。行動変容理論については博士の研究でメインになりそうな部分で、日本の大学でも学んだ理論とはどのようなものかということに加えて、理論を用いて実際に介入研究計画を立てるところまで学びました。栄養疫学では、研究でよく用いられている食事調査方法である食物摂取頻度調査法(Food frequency questionnaire)や、食事記録法(Dietary record)などで自分の食事を実際にアセスメントする課題が出されたり、アメリカ全体で実施されている健康と栄養に関するサーベイであるNational Health and Nutrition Examination Survey(NHANES)のデータを解析してみたりといったハンズオンの授業もありました。日本で受けた授業のおかげで知っている内容が多かったことはかなりのアドバンテージだったと思います。しかし、学んだことを自分で使ってみるという課題が多く、友人やTAの助けを借りながら乗り切りました。栄養政策や食糧経済学については、日本ではほとんど学ぶ機会がなかったので、授業を受けたことで知識の幅がさらに広がりました。実務経験があったことから、必修の授業4つ(基礎栄養学、臨床栄養学など)は免除されました。免除された科目についてもQualでは質問されるため、日本で日本語で覚えた基礎的な栄養学は英語で学び直しをした形となりました。

Qualの内容については各大学、スクールによって異なりますが、私のスクールでは、試験官3人が設定する研究課題について7日間で研究計画書を書く筆記パート、その約1ヶ月後に3時間の口頭試問(研究計画書のディフェンス、コースワークに関連する質問)で構成されています。Qualに2度不合格になると退学となるため、博士課程の学生は皆必死に、真面目に勉強している印象です。私もQualのためだけに約5ヶ月間勉強しました。授業やQualを受ける間は研究をあまり進められませんが、分野の基礎から深いところまできちんと勉強できる時間は貴重であるため、留学先としてアメリカを選んで良かったと思います。約40-50ページにわたる研究計画書の執筆(学生がこれまでやったことがないテーマで研究課題が課せられることが多い)、3時間の口頭試問はなんとも苦痛でしたが、無事Qualに合格しました。この後は博論Committee(3人の先生。自分の研究テーマに詳しい先生を探し、Committeeに入ってもらえるようにお願いする)に指導してもらいながら2–3年かけて自分の研究を計画・実施し、ディフェンスをすることで博士号取得となります。

私は大学からのStipend(給料)が3年分しか保証されていないため、4年目以降もボストンに残るための方法を探しながら、残れない場合に日本からリモートで進めるオプションも検討しています。Stipendの金額や授業料免除の有無などは大学やスクールによってもかなり異なるため、大学や在学生に直接確認することをおすすめします。また、博士課程は長いので、在籍中に様々な変化(実施可能な研究テーマ、資金源、人間関係など。自分でコントロール可能なものも、そうでないものも両方)を経験すると思います。受験時に他の大学のインタビューを受けたときに聞いた、博士課程におけるアドバイスを今もたまに思い出します。それは、「変わることは自然であるためフレキシブルでいること」と、「博士課程は通過点のひとつであるから固執しないこと」のふたつです。変化を受け入れつつ、自分にとってベストな形で博士課程を修了することを目指したいです。

ボストンはとにかく大学の数が多く、学生も多く、生き生きとしている街の雰囲気(冬以外)はここにしかないと思います。勉強に疲れたら街を散歩して気晴らしもできますし、どこにでも必ずいる勉強している学生を見て刺激されてまた勉強したくなる、良い循環に何度も助けられています。未だにDo you understand English?などと聞かれてひどく落ち込むこともありますが、母国とは異なる言語、文化、食生活を持つ場所に身を置きながら栄養学を学べる機会に感謝しています。

■ おわりに

出願時はいろいろな人に頼り、情報収集をしたことで、留学につながったと思います。キャリアを構築する過程の要所要所で、貴重なアドバイスをくださる方々とコミュニティに運良く繋げていただいたことで、今の私があると思っています。未だ道半ばであり、博士号取得まではさらに厳しい道程になることが予想されますが、日々助けてくれる家族、友人、先生、お世話になった方々へ感謝をしながら、引き続き頑張りたいです。栄養学を究めに海外留学する選択肢もあるので、興味がある方はぜひ挑戦してみてください。私になにかお力になれることがありましたらメールアドレスまで。

春のボストンコモン
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