■ 自分の生活を犠牲にするのではなく、柔軟に調整する
お互いに違う国にいるが故に、犠牲にしたことや諦めたことはありますか?例えば、キャリアプランを考えるうえで、他の選択肢もあったけれどそれは諦めたというようなことがあれば教えてください。
軽い話からすると、当時、私の有給はほぼ全てニューヨーク旅行に費やされました(笑)。悪くはないですが、有給が限られているなか「遠距離でなければもっと色々なところに行けたのにな。」とは思いました。
キャリアについて、私のキャリアは確かに変わりましたが、犠牲になったとは思っていません。いずれどこかで一緒に住む選択をするうえで、どちらかもしくは双方がキャリアを調整することは不可欠でした。結果として、私は転職をしてケンブリッジに住んでいますが、これはあくまで自分の意思で決めたことであり、夫のためという風には考えていません。もともと私も修士を取りたいと思っていましたし、夫と一緒に住みたいとも思っていました。彼がポスドク先を探すタイミングで候補を事前に共有してもらい、先方のMBAに入学できるよう準備をしました。キャリアを犠牲にしたとは考えておらず、柔軟に調整したというほうが適切だと感じています。
あえてつけ足すならば、コロナ禍が理由で結婚式を諦めました。日本で一緒に生活していたならば、柔軟に対応できたと思います。当時、私はニューヨーク、妻はシンガポールで暮らしており、家族はみな日本にいましたので、コロナ禍の渡航と式の調整があまりに難しく、挙式することは叶いませんでした。
妻の話に補足して、私のPh.D.も終わりに近づいてきた頃、ポスドク先を探すタイミングで、興味のある場所のリストを妻に共有していました。およそ十か所に応募しましたが、応募後の手応えなども妻と話しながら、どの場所ならば一緒に楽しく住めそうなのか相談していました。
ケンブリッジは様々な条件が合致した街でした。ポスドクの職に応募する際、先方のPIに妻の話をしたところ「二人で生活するには良い環境だからおいで。」と言われました。妻はMBAを自分で賄う必要があったため、一年で修了できるヨーロッパのMBAは経済的に負担が少ないことも考慮しました。また、ケンブリッジ-ロンドン間は通勤圏内なので、妻がMBAを修了した後、彼女の希望する職種を選択肢として残すことができました。
私もMBA受験の面接で、「夫はケンブリッジで職が決まっています。私もあなたの学校が第一志望です。合格できれば家族みんなハッピーなので、お願いします。」というような会話をしました。どれほど有効だったのかはわかりませんが、日本に比べると、家族や夫婦という単位での移動に関してより理解があるように感じます。
■ 遠距離恋愛はいつか終わりを迎えるという期待
遠距離交際の期間のなかで、大変だった時期などはありましたか?
コロナ禍はもちろん大変でしたが、二人の関係性については、総じて安定していたと思います。しかし、私はアメリカで、何度かとても余裕のないタイミングがありました。まずは、最初の一年でした。初めて英語で授業を受け、研究室でローテーションの研究もやらなければならず、あまりにも大変でした。その頃、妻がニューヨークに何度か訪ねて来てくれたのは、大きな励みになりとても助けになりました。妻が側にいてくれる間だけは、緊張が解けたように思います。
そして、Ph.D.修了間際でした。引越しや、博士論文と学術論文の執筆、それらが全て重なり精神的にかなり参りました。しかし、妻が既にケンブリッジで生活を始めており、私もその後ケンブリッジでポスドクを始めることは決まっておりましたので、「これを乗り越えればケンブリッジだ!」という気持ちで乗り切りました。
二人の関係性がそれほど危機的状況になったことはないと私も思います。最初の一年は、彼が新しい環境で苦労しているのを感じていましたが、二人の間には距離も時差もありましたので、寄り添い方に気をつけていました。彼が卒業間際のタイミングも同様でした。逆に、私が仕事でとても辛いときでも、距離が離れていたので、どうしても意思疎通の難しさは感じましたね。私は「最終的にいつか遠距離状態が終わる」と言い聞かせて乗り越えてきました。シンガポールに駐在していたときに、自分は出稼ぎしているみたいに思うことがありました。ずっと続くことではないと思いなんとか乗り越えました。
遠距離交際をされていた頃を振り返り、やっておいた方がよかったということは何かありますか?
先ほど申し上げたように様々な方法で連絡を取るようにしていたので、新たに「こうしておけばよかった」ということは現在のところ思い浮かばないです。
そうですね、今のところ思い浮かびません。
