留学先でのメンタルヘルス【渡航ガイド】

留学先でのメンタルヘルス

(2023年9月時点での情報です。また、医療従事者ではなく、留学先(アメリカ)でメンタルヘルス関連のリソースを利用した側の目線で書かれています。
本ページだけでなく、公式のホームページなどの情報もを必ず参照してください)

目次

はじめに

大学院留学は、受験準備の段階ですでに多くのストレスを抱えやすく、無事合格しても今度は渡航準備やその他の細々とした手続きなどを限られた時間の中で行わなければならず、新学期を迎えるころには身体的にも精神的にも疲れ果てているという方は多いのではないでしょうか。そんな中、うつ病や適応障害などをはじめとする精神疾患にかかってしまうこともあるかもしれません。しかし、症状がひどくなり「病院に行かなければまずい!」という段階になって初めて病院について調べるのはとても大変です。

この記事では、初めて海外でメンタルヘルスの問題を抱えたり心の苦しさを感じた時に、大学などののリソースをうまく利用しながら、どのように回復へと向かえるのかについて、XPLANE運営の「メンタルヘルスチーム」が実体験を踏まえて紹介します。

また、「初めて」「精神疾患」とは書きましたが、もちろん日本で発症したことのある方が引き続き現地で治療を受けるための手続きや、海外で再発してしまった場合に注目すべき日本との違いについても記載しています。また、多くの記載事項は精神科・心療内科以外の医療についても当てはまります。

1. 日本と海外での違い

認識の違い

現代の日本では、精神疾患に関するイメージは昔と比べだいぶよくなった印象はありますが、やはりどこかタブーのようなところがあります。それは、メンタルヘルス予防への意識の低さからも窺えます。
海外(特にアメリカ)ではカウンセリングが日本と比べて日常生活になじんでおり 、特に若い世代の人はお抱えのカウンセラーを待つことに抵抗がありません。小学校のうちから学校にカウンセラーが常駐していて、親・先生以外に相談する選択肢があることを知っています。
一方、日本ではまだまだそのような文化はありません。日本での場合、日常生活に支障をきたして初めて病院を受診し、そこからカウンセリングを受ける場合がほとんどですが、アメリカをはじめとする海外ではむしろ普段からカウンセリングを受けている人が多く、薬を必要とする場合には心療内科を紹介してもらうなど、順序が逆のような流れになっています。また日本では、そのリソースの少なさ故、病気を診断されてもカウンセリングを受けられないような人、受けたくない人も多くいます 。

仕組みの違い(大学での場合)

いざ、気分が沈むような日々が続いたり、精神疾患の疑いがあり、医療機関に見てもらいたいとなった場合、少なくとも大学においては、日本でも海外でも手続きはあまり変わりません。詳しくは後述しますが、専門の窓口で予約し、その後カウンセラーと相談しながら必要に応じてカウンセリングなどで治療を進めてゆきます。Covid-19の流行以降、特に精神科においては「テレヘルス(遠隔医療)」が広く普及しており、自宅から離れずに受診することが可能です。

日本と海外での一番大きな違いは、やはり精神疾患への認識の差からくるリソースの豊富さの違いでしょうか。現在、日本の多くの大学でも精神疾患の疑いのある学生が受診できる相談窓口は開設されているものの、週のうち数日しか窓口が開いていないなど限定されていることもあります。また、担当職員も数人と少ない場合が多く、初回以外は外部の医療機関を紹介されることもあります。カウンセリングは大学で受けられることもありますが、同じく職員が少ないため長期間の空き待ちが必要になることも度々です。

一方、筆者が通うアメリカの大学では学生専用の医療機関があり、精神科もそのうちの一つとして毎日開かれています。ほかのアメリカの医療機関と同じく事前に予約する必要はありますが、精神科医やカウンセラーなどとの面談、薬の処方などはすべて大学内で済ませることが可能です。長期のカウンセリングは外部の機関に提供してもらう場合もありますが、その際近所のカウンセラーを紹介してもらえます。また、それ以外にもグループセラピーやサポートグループなど、個別ではなく集団で受けられるタイプのカウンセリングの場を提供している場合もありますし、すこし気持ちが落ち込みがちな時に気軽に相談できるような窓口もあります。やはり学期末は受診する学生が多くカウンセラーなどを見つけるのが難しい場合がありますが、リソースの絶対量が日本とは違います。

2. 大学でのリソース

前項に記したように、ほとんどの大学ではメンタルケアの場が用意されています。大学生活を始める前に、大学名+Mental Healthで検索して提供されているリソースを事前に調べておくことをお勧めします。

精神科医

精神科を専門とした医師のことです。医療行為を行う資格があるので、病気の診断・薬の処方をすることができます。
筆者の個人的な意見ですが、投薬による治療を希望しない場合でも、一度きちんと精神科医を話すことをお勧めします。治療を始めると、主なやり取りは薬に関するフォローアップなどが主となり、どちらかというと身体的な症状の相談をすることになります。

一方で、サイコロジストやカウンセラー、セラピストの方が一枠あたりの時間が長いことが多く、きちんと話をしてもらえるという印象もあります。心理士が投薬と組み合わせた方がいいと判断した場合、精神科医の先生へのリファーをしてくれるので、心理士と先に話をして、アドバイスを仰ぐのもありです。

カウンセリング、セラピー (Couseling, Therapy)

いわゆる心理カウンセリングというもので、投薬ではなく対話によって症状の改善を目指します。投薬とカウンセリングの両方で改善を目指す人が多いですが、薬に頼りたくない場合は主にこのカウンセリングによって治療します。

普段あったことの悩みや愚痴はもちろん聞いてくれますが、カウンセリングの一番の目的は自分の考え方やモノの見方について考えたり、壁に当たったときやパニックになった時の乗り越え方のヒント、そして症状が再発しにくくなるような考え方を学んでいくことなので、長い時間を要します。

筆者個人の経験としては、日本のカウンセリングでは現在の状況について話して聞いてもらうのがメインで、アメリカのカウンセリングでは考え方を変えたり、パニックから抜け出す方法を練習したりと未来のことを見据えた内容が多いと感じました。国によって資格の取得条件が異なるので、内容も異なるのだと考えられます。

一つ覚えておきたいのが、日本でいう「心理療法」は、英語圏では”therapy”と呼ぶ場合が多いです。「セラピー」と言っても怪しいものではなく、資格を持ったセラピストたちが助けてくれます。厳密な定義は異なりますが、混乱を避けるため当記事では以後「カウンセリング」と呼び方を統一します。

サポートグループ(Support group)

受診できるのはカウンセラーと一対一での面談をする個人カウンセリングだけではありません。大学の規模によっては、サポートグループなどという、同じ悩みをシェアする人たちからなる集まりがあります。海外ドラマで、アルコール依存症に悩む人たち同士で集まり相談し合うシーンを見たことがないでしょうか?これもAlcoholics Anonymousというサポートグループの一種です。大学では、例えば親しい人を亡くした人たちが集まり支え合うグループ、大学院生で集まり学生生活について話あうグループ、LGBTQ+が集まるグループなど、様々なバックグラウンド人々が集まり、相談し支え合うグループが学期中に定期的にミーティングを行っていることがあります。

緊急電話番号(Emergency Number)

大学内外に24時間対応の緊急電話サービスがあることが多いので、診療時間外の際はこちらに電話しましょう。大学の番号である場合は、大学機関によるサービスで、国の自殺防止サービスとは異なります。直ちに命の危険がある場合は直ちに国の救急救命番号に連絡しましょう。

(参考)海外在住者でも、日本語で利用できるカウンセリングサービスもあります。
『海外こころのヘルプデスク24時』 https://www.helpdesk24.net/
『Group With』 https://www.groupwith.info/soudan/kaigai/

3. 受診、診療までの流れ

経験者の実体験をもとに実際の受診・治療までの流れを紹介します。

STEP
受診の予約・相談・医療機関の紹介

電話・メール・オンラインで受診の予約をします。早ければその日の予約が取れることもあります。
ただし、学期末などは混んでいる場合も多いので、早めに予約することをお勧めします。深刻なものではなく、少しだけ不安がある場合でも、予防的にアクセスすることができますし個人的にはお勧めします。

この時初めて会うのは必ずしも医師の資格を持った人ではなく、面談の結果からふさわしい治療法を紹介してくれる方(Intaker、メンタルヘルスナースや心理士であることも、国によっても異なります)と会うことがほとんどです。現状やなぜ受診に至ったのか以外にも自分や家族の既往歴、トラウマになるような出来事の有無などを聞かれます。それらを踏まえ、大学のリソースの説明や医療機関の照会、さらにはカウンセラーの紹介(Referral)などをしてくれます。

STEP
 医師との面談・薬の処方
STEP
カウンセラー探し・マッチング

特にアメリカの場合、カウンセリングの需要がとても高いので、時期によってはなかなか空きが見つからないということもあります。根気よく複数のカウンセラーへのメールを続けましょう。また、運良く空きが見つかっても、肝心のカウンセラーと合わない…ということもありますが、それも大丈夫です。また一からカウンセラーを探すのは骨が折れるかもしれませんが、初めて会ったカウンセラーと会わなかったということはよくあることなので、「違う人がいい」と感じたら構わず新しい人に代えられないか検討してみましょう。

STEP
継続的な長期治療

基本的に、一定期間カウンセラー/セラピストとやり取りを続けて治療を行うことが前提となっています。
投薬を行う場合でも、抗うつ剤などは即効性があるとは限らないのではじめは効き目が分かりにくいと思います。
それでも諦めず、これらを継続していくことが重要です。定期的に医師と面談、薬の調整をし、カウンセリングも続けて継続することが症状の改善への一番の近道です。

4. 処方箋

近年日本でも様々な形態の処方箋がありますが、現時点は紙の処方箋を医療機関で受け取り、調剤薬局で実際に処方薬を購入する手順が一般的かと思います。海外では処方箋の受け取りから処方薬の購入まで様々異なる点があります。こちらも国ごとに千差万別と思われますが、保険の際と同様に、アメリカと日本での仕組みを比較してご説明します。

  • 電子処方の場合が多い
    アメリカでは電子処方がメジャーであり、医療機関から直接特定の薬局に送られることが多いようです。処方箋発行後は該当する薬局にて処方薬を購入します。初回などは保険情報の提示が必要となります。
  • 「リフィル」という仕組みがある
    繰り返し同じ処方薬が必要になる場合、日本ではその都度医療機関を受診し新たに処方箋を発行してもらうことが基本かと思います。アメリカでは、「リフィル(補充)」という仕組みがあり、場合によっては処方薬が少なくなってきた際には直接薬局で追加購入を行うことが可能です。どの処方薬がリフィルの対象であり、それぞれ何度までのリフィルが可能かは処方薬の容器などに記載されていることがありますのでご自身で内容を確認するか、不安な場合は担当医師あるいは薬局に確認を取りましょう。

5. 医療保険の仕組み

日本では国民皆保険制度が採用されており、基本的にどの医療機関でも保険証を提示することで医療サービスを全体の3割などの負担で受けることができます。しかし、海外では国によって様々な医療保険の仕組みが採用されており、ご自身の滞在する国でのルールについてしっかりと把握されることが重要です。ここでは例として、アメリカの例を日本との違いに着目して紹介します。

  • 民間保険が基本
    アメリカでは公的な医療保険は高齢者、障害者、または低所得者を対象としたものしかなく、その他に該当する人は民間保険に加入することとなります。多くの大学では大学が用意している民間保険があり、特別な事情が無い限りはこちらの保険に加入することで問題ないと思います。
  • 加入する保険が使用可能な医療機関には制限がある
    アメリカでは、保険会社と契約した医療機関以外で医療を受けると保険が適用されず全額自己負担となってしまいます。保険が有効な範囲をネットワークと呼び、サービスを受けることを予定している医療機関が「ネットワーク内かネットワーク外か」という判断が必要となります。
  • すべての診療科がカバーされているとは限らない
    日本では医療保険で基本的にすべての診療科にかかることができますが、アメリカでは保険によってカバーされる診療科に違いがあることがあり、診療科の追加に別途費用が必要になることがあります。特に歯科(Dental)と眼科(Vision)は注意が必要です。
  • 保険でカバーされる金額に上限がある可能性がある
    日本ではどれだけある期間に医療を受けたとしても、その3割を自己負担することが基本となります。しかし、アメリカでは保険によってはカバーに一定期間での上限額が設定されていることがあり、定期的な通院や処方薬の購入などを予定される方は注意が必要です。
  • 保険によって薬の負担額が異なる可能性がある
    アメリカの保険では処方された薬の分類によってどの程度自己負担をする必要があるかが決定されます。例えば比較的新しい薬などの場合、保険によっては自己負担額が高額になるケースがあるため、医師から処方を受ける際には自身の保険の情報を提供して負担について事前に聞きましょう。

6. 日本での通院、治療を海外でも継続する場合

日本で通院・治療を継続されており、海外でも同様の医療を継続する必要がある方の場合、いくつか注意すべき点や、やっておくと良い手続き等があります。

  • 渡航前に日本の医師に診断書(可能であれば現地の言語)作成をお願いする
    ご自身の既往歴や現時点の治療内容等について正確に現地の医師に伝えるために、日本の医師に診断書を作成してもらうことをおすすめします。可能であれば、現地の言語にて書いてもらうのが理想です。
  • 処方薬の内容を確認し、現地で継続可能か確認する
    国によって許可されている薬剤が異なることがあります。あるいは「5.医療保険の仕組み」でご説明した通り、薬剤に対する負担額が日本と海外で異なる可能性があります。現地での治療にスムーズに移行するためにも、現地で現在の薬剤が使用(または持ち込み)可能かや加入予定の保険でカバーされているかなど確認することをおすすめします。もし、不都合が生じるようであれば渡航前に日本の医師に相談し対応を検討してもらえると理想的と思います。
    • 処方薬に限らず、よく使う薬があれば、薬の空き箱を持っていくと、現地で類似のものを探す時に便利です。
  • 薬剤の持ち込み等に特別な対応が必要となる場合がある
    日本から現地に渡航する際、普段使われている薬はある程度の期間分、日本から現地に持ち込まれることになると思います。しかし、先述の通り、国によって許可されている薬剤は異なるため注意が必要です。場合によっては持ち込みそのものが禁止されている場合もあります。また、持ち込みは許可されていたとしても薬剤によっては医療機関からの英文での証明が必要となる場合があります。

7. 覚えておくと便利なキーワード

Wellness:心身ともに健康であること
Counseling: カウンセリング
Therapy: 心理療法
Psychiatrist: 精神科医
Medical Interpreting:医療通訳
mania:躁
bipolar: 双極性障害
OCD:強迫性障害
anxiety:不安
Co-Pay(ment): 診察、処方薬等の支払い時における自己負担額
In Network/Out of Network: 保険会社と契約したネットワーク内 / 外
Refill: 処方薬の追加購入
Prescription: 処方箋
Depression:うつ

8. 参考になるウェブサイト

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