リベラルアーツから目指すSTEM PhD 〜冷却原子で測定技術の限界に挑戦〜【海外大学院受験記2023-#2】

XPLANE連載企画「海外大学院受験記」では、海外大学院への出願を終えたばかりの方の最新の体験を共有していただいています。2023年度の第2回である今回は、この秋からコロラド大学ボルダー校物理学科博士課程に進学予定のマルコさんに寄稿していただきました。

目次

1. 自己紹介

2023年1月にアメリカ・マサチューセッツ州にあるスミス大学を卒業し、この秋よりコロラド大学ボルダー校の物理学科博士課程に進学する予定のマルコです。進学先ではジェームズ・トンプソン先生のグループでAtomic, Molecular, and Optical(AMO)物理(実験)の特に量子メトロロジーと呼ばれるような分野の研究をする予定です。元々は2022年5月に卒業予定でしたが、コロナの際に半年休学したため一月という若干イレギュラーな時期に卒業しました。現在は沖縄科学技術大学院大学(OIST)高橋優樹先生の実験量子情報物理ユニットで進学までの半年ほどお世話になっています。学部時代、研究はスミス大学のウィリアムズ先生のもとで主に精密分光の研究を〜2年程度、加えて3年生の夏休みにOISTの高橋先生のもとでイオントラップに使われるヘリカル共振器と呼ばれる装置の設計・組み立てを経験しました。

アメリカの学部、特にリベラルアーツ大学と呼ばれる類の大学からSTEM PhDに出願した場合の体験を共有したいと思います。かなりのレアケースではありますが、アメリカの学部からの出願を考えている人、物理の実験系で博士課程の出願を考えている人の参考になれば幸いです。

写真1:スミス大学構内にある Paradise Pond。暖かい時期にはカヤックやカヌーをすることもできます。自然豊かなキャンパスなので、受験期は気分転換がてらによく散歩に行きました。(筆者撮影)

2. 大学院留学を志した理由・きっかけ

大学入学当初から、できることなら博士課程まで行ってみたなと漠然と思っていました。すごくニッチな分野の中のさらにニッチな問題についてという狭い範囲であっても、一つのことに関して世界有数の専門家になれる機会というのは博士課程以外にはそうそうないと思ったからです。また学部時代にお世話になった先生方(物理に限らず)の、自分の専門の話になると目を輝かせながらとても楽しそうに話をする姿などがをみて「あんな大人になりたい」とアカデミア職、特に大学教授という職に憧れを持ったのも理由の一つだと思います。

本格的に大学院への進学を検討し始めたのは、ウィリアムズ 先生のAMO実験の研究室で働き始めた三年の一学期以降でした。研究室で実験の器具や手法の仕組みを学ぶたびに、光と原子・物質の相互作用をとても賢く利用し、物理的な制約をうまく克服するさまに感動していました。こうした体験をしていくうちにAMO実験の分野で博士課程に進学する意思が徐々に固まって行きました。スミス大学 と OIST で精密測定と量子計算という少しフレーバーの異なるAMO実験の研究室をでの研究を体験してみて、自分がやりたいのは量子コンピュータの研究や精密測定の測定そのものではなく、精密測定を支える計量技術の研究だと気づき、大学院では量子メトロロジーと呼ばれる分野の研究をしたいと考えるようになりました。

カナダ、シンガポール、欧州の国々などアメリカ以外のプログラムも考えましたが、経済的な支援や、すでに学部でアメリカにいたこともあり、アメリカの大学院受験システムの方が馴染みが深かったこと、また自分の分野だとアメリカ国内にいい研究室が多く集まっていたことから、基本的にアメリカ国内のプログラムに出願することにしました。一校だけ例外的にOISTにも出願しました。インターンでお世話になった研究室がとても魅力的であったこと、出願システムがアメリカのそれとほとんど変わらなかったことなどが主な理由です。

3. 出願体験記

a. 奨学金

結論から言うと奨学金は一つも出願しませんでした。アメリカ国内の奨学金の多くはアメリカ国籍または永住者に限ったものが大多数で、日本国内の奨学金も国内大学出身者を対象にしているものが多く、片手で数えられるほどのものを除き、出願資格がないものがほとんどでした。加えて、学部の受験とは違って、合格さえすれば経済的な心配は基本必要ないので、奨学金出願のインセンティブが低いこと、出願を考えた奨学金の出願方法が郵送必須であったことなどから奨学金出願のモチベーションを保つことができなかったのが出願を断念した主な要因です。

b. 出願校選び

出願校を選ぶ際には限られたリソース(時間・出願料)で出願できる数の中で「自分の行きたいプログラム」と「受かりそうなプログラム」をバランスよく選ぶことを意識しました。

量子メトロロジーはAMOの中でも思った以上にマイナーな分野で研究室の数が限られること、最終的な目標がやや違うだけで日々の作業はほぼ同じであることなどから、出願の時点では冷却原子を使った量子技術・量子系の制御といったような感じで若干守備範囲を広げて出願プログラムを探すことにしました。

出願校候補はYouTube上に転がっている面白そうなセミナー講演(Virtual AMO seminar や International Conference on Atomic Physics など)を観てみたり、The US News rankingの atomic physics分野のランキングに載っている上位30-50位くらいまでの大学のホームページを虱潰しに確認したりしながら面白そうな研究室を探し、大体20校程度をスプレッドシートに並べていきました。ここで一旦興味のある研究室が複数個あるプログラムのみに絞り、大体15校程度まで絞ったところで指導教官に相談しにいきました(10月中旬)。

指導教官に相談しに行った際は自分で作ったリストを見せ、自分の興味を伝えた上で以下の2点を相談しました。

  1. 他にチェックした方がいい研究室・プログラムはあるか?
  2. 過去の卒業生の結果等を踏まえて、どの辺の学校ならどの程度の確率で合格が狙えそうか

最初の項目に関しては特に何もコメントされませんでしたが、次項に関してはリスト上のそれぞれのプログラムに対して、厳しそう、可能性はありそう、多分大丈夫の三段階の率直な予想と以下のようなアドバイスをもらいました。

MIT、ハーバードのようなトップ校はとにかく倍率が高いので、比較的運要素も強い。例年なら合格できるような成績でもその年にたまたま自分より優秀な人が同じ研究室志望であれば不合格になる。

博士課程に滑り止め(safety)はなく、博士号を授与するプログラムはどれもいいプログラムである…が先を急ぐ事情がないのであれば、xx以上に行けないのであれば、1-2年ギャップイヤーで武者修行して再チャレンジするというような覚悟と線引きも大事

博士課程は思っているよりも長いので6年間住める場所かという基準で絞るのもアリ。

“Shoot as many shots as you can”
アメリカの博士課程受験は不確定性要素も多いので、リスクの分散も兼ねてお金と時間が許す範囲でなるべくたくさん受験する。

これらをのアドバイスと先生の結果予想をもとに結果的に8校まで出願校を絞りました。8校は Dream schools x3、 reaches x2、 matches/safeties x3 のようにある程度受験校のレベルを分散させた形で出願することにしました。先生の予想が少し強気すぎるような気がして不安でしたが、受験が終わって振り返ってみると、先生の予想はかなり高精度(7/8)で的中していました。もし過去に特定の国の大学院に進学した生徒を知っている先生(指導教官であればそれがベストですが)がいれば、どのレベルなら狙えそうか聞いてみると、出願校を選ぶ際にすごく参考になると思います。

c. GRE Physics

出願校の相談に行った際に指導教官の先生にGRE Physicsの受験を勧められました。勧められた理由は以下の三つです。

スミス大学は物理での評判がそこまで高いわけではないので、同じGPAでも名門大の人のものと比べると見劣りする可能性がある

Comp[編注1]をパスするだけの基礎学力があるのを示す

点数がよくなければ提出しないという選択肢もあるので時間とお金の問題さえなければ受けて損はない

アドバイスをもとに受験することにしたのですが、この時点で試験まで三週間を切っており、申し込みの期限が過ぎていました。ですが、GREのstandbyと呼ばれる、当日会場に行って空席・余分な冊子があればその場で申し込み・受験ができるというシステムを使ってなんとか受験することができました。試験の対策は Kahn&Anderson の “Conquiring the Physics GRE”の練習問題と模擬試験を一通りやる形で準備しました。ETSが公開している過去問もありますが、Kahn & Andersonの模擬試験の問題の方が難易度や出題傾向的に実際の試験に近く、解説も丁寧でGRE特有のテクニックなども紹介されているので、もしGRE Physicsを受験するのであれば買っておくべき一冊だと思います。

d. 書類準備

■ CV(Curriculum vitae)

CVは大学院の出願以前に夏の研究プログラムや冬の学校などの応募で作ったものがあり、それを随時更新するようにしていました。CVを書く・編集する際は

  • どんなプロジェクトか
  • プロジェクトの目的は何か
  • 具体的に自分は何をしたのか

の3点を簡潔にまとめることを意識しました。大学院の出願の場合はプログラムの教授、特に自分の志望する分野の教授に読まれることが多いので、それを想定した語彙の選択や説明をするようにしました。ある程度出来上がったら、指導教官の先生に見てもらい、専門的な語彙などより適切な形へ手直ししてもらいました。

■ Statement of Purpose

自分の研究経験に関してはCVに網羅的に書いてあるので、SoPでは志望理由や将来の展望とともに、CVにもある内容で特に強調したいいくつかの経験に絞って詳しく書くようにしました。研究の経験について触れる際には、以下のことを強調しました。

  • 自分が具体的に何をして
  • どんなスキル・理論を学んだのか
  • 研究中にどのような障壁にぶつかったか
  • 障壁に対してどのように解決した/しようとしたか

ライティングのプロセスについてですが、ざっくりとした構成を考えたら、まずはとりあえず全部書いてみて、そこからページ数が合うように削ったり、編集するのをお勧めします。SoPに限らず何かを執筆する際に陥りがちな穴ですが、初めから完璧なものを書こうとするあまり、一向に筆が進まないというのがあります。私も例に漏れずこの穴にハマり、当初9月中には初稿を完成させる予定が11月になってもイントロすら書き終わっていませんでした。流石に危機感を覚えたので、一週間後に学科の先生にSoPを読んでもらうアポを先に取り付け、半強制的に締切を作ることでどうにか初稿を書き上げました。ページ数も大幅にオーバーし、なかなかひどい有様の初稿でしたが、一度書いてから編集する方が圧倒的に速く、満足のいくものを書くことができました。

SoP執筆にあたっては指導教員を含めた学科の先生x2、大学のキャリアセンターの人、とMITのGraduate Application Assistance Program(物理以外の学科も同じプログラムがあり、誰でも応募可能です)で当てがわれたメンターのMITの大学院生からフィードバックをもらいながら編集しました。

e. 事前のコンタクト

研究室への事前コンタクトの是非については色々と議論がありますが、私は事前にコンタクトしておいた方がいいと思います。事前のコンタクトで印象を残すというのは難しいかもしれませんが、事前にコンタクトをとり、学生を採る予定があるかどうかを確認しておいた方が空振りを防げるからです。私は事前にほとんどコンタクトを取らなかった結果、何校かで志望教員がその年は学生を取らない/別の大学に移動するというのを合否を聞いてから知りました。また、コンタクトをとった3つの研究室のうち、一箇所以外は出願前には返事をもらえませんでしたが、合格をもらえたので、返事が来なくても諦める必要はないかと思います。

4. 進学先選びについて

ありがたいことに6校からオファーをもらうことができ、そのうち志望順位の高かったコロラド大学ボルダー校、MIT、メリーランド大学、シカゴ大学の4箇所のビジットに参加したのちにコロラド大学ボルダー校に進学することに決めました。ビジット中は分野の大御所的な存在の先生方と面談をさせていただいたり、実験室を案内してもらったり、優秀な同じ分野の同級生と交流することができてたりととても贅沢な時間でした。もし、時間とお金が許すのであれば行って損はないと思います。

ギリギリまでかなり迷いましたが、最後は興味のマッチング、研究所の設備・環境、ラボメンバーの雰囲気、指導教官の指導スタイル、物理以外のQOL(天気、アウトドアスポーツの環境)など総合的に見てコロラド大学ボルダー校のトンプソン先生の研究室がが一番自分には合っていそうと感じたのでそれで決めました。

写真2:コロラド大ボルダー校を訪問した際に見学させてもらったNIST(国立標準技術研究所)。アメリカ国内の標準時を決めるのに使われる原子時計があることで有名です。そのほかにも、メトロロジーをはじめとした様々な量子技術の研究グループが活動しています。コロラド大のボルダー校の生徒であればNISTの研究グループで博士論文の研究をすることもできます。背後にロッキー山脈も見えてかっこいいですね。(筆者撮影)

5. これから海外大学院へ出願する人へのメッセージ・アドバイス

ありきたりですが、どんな規模のものであれ、目の前の研究・勉学に一生懸命にそして誰よりも楽しみながら取り組むことで道が拓けるのだろうと思います。また、学科の先生や指導教官、大学のライティングセンター、キャリアセンター、出願先・合格先の大学院生など頼れる人やリソースには頼るのが大事です。出願時もそうですが、進学先を決める際はとても多くの人に相談させてもらいました。もし出願時・進学先決定時に相談等があれば気軽にXPLANEのSlackで聞いてください。

【編注】

[1] Complehensive examのこと。アメリカの大学院において専門分野の知識があることを確認するための試験として課され、これの合格が卒業要件として定められていることが多い。形式(筆記か面接か)や内容(大学院の授業内容から出題されたり、独立した出題だったり、自身の研究内容に関するものだったりさ様々)は大学や学科により異なる。Qualifying Exam(Qual)とも呼ばれることもある。

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