米国で疫学PhDに挑戦するという選択肢【海外大学院受験記2023-#10】

XPLANE連載企画「海外大学院受験記」では、海外大学院への出願を終えたばかりの方の最新の体験を共有していただいています。2023年度の第10回である今回は、この秋からハーバード大学の博士課程(疫学)に進学予定の安富さんに寄稿していただきました。

目次

1. 自己紹介

こんにちは。2023年秋よりHarvard University, PhD program Population Health Sciencesに進学する安富元彦です。私は日本の医学部を卒業後、2021年に米国の修士課程に進学し、この秋から博士課程に進学します。

私が専門とする疫学 (Epidemiology)は、大きな人口集団を対象として様々な切り口から健康問題を捉えようという学問分野です。疫学はさらに、公衆衛生 (Public Health)という学際分野に含まれます。COVID-19の流行をきっかけに公衆衛生という分野が広く認知されるようになり、興味を持つ方も増えてきました。しかし、XPLANEのコミュニティ内で公衆衛生・疫学に興味を持つコミュニティメンバーはまだ少数と感じています。この記事が、当該分野の海外大学院進学を目指す方の参考になれば幸いです。

本記事では、疫学分野における米国大学院の仕組み、出願プロセスについてまとめます。また、日本ではなく海外の公衆衛生大学院に進学する意義についても簡単に触れようと思います。

2. 米国大学院の仕組み(疫学、公衆衛生分野)

米国の大学院では、修士課程・博士課程一貫コースが提供されていることが多いですが、疫学・公衆衛生分野では独立したコースとして用意されている場合が多いです。

例えば、ハーバード大学では、Master of Science (MS)もしくはMaster of Public Health (MPH)の学位取得を目指す2種類の修士課程が用意されています。前者は博士課程進学を目指す人向け、後者はterminal degreeとしてMPHを活かしたキャリアパスを進む人向けと一応整理されていますが、二つの境界は非常に曖昧です。私の周りではMPH取得後に博士課程に進学する人も多く見受けられますし、逆に、MS修了後に企業就職した同期も多くいました。

修了要件の観点ではMS, MPHには違いがあります。MSでは修士論文執筆が求められ、一方、MPHではpracticum やcapstone projectと呼ばれるフィールド実践/プロジェクト完遂が求められます。

博士課程は修士課程と独立しているため、
1) 学士修了後、直接博士進学する人
2) 修士取得後、直接博士進学する人
3) 学士・修士修了後、就労経験を経てから進学する人
がいます。私のプログラムでは、2), 3)のパターンの人が多いようです(中央値:29歳)。

修士課程と独立しているため、修了までの平均期間は3, 4年とやや短いことが特徴的で、入学後、2年間のコースワーク(授業を中心として知識習得を目指す期間)とQualifying exam(博士論文研究を開始するための筆記・口頭試験)が課せられます。修士で履修した授業と同等の授業については、履修免除が認められることもあり、卒業した修士課程と同じ大学の博士課程に進学した場合はコースワークを1年間に短縮できる事例もよく聞きます。

Qualifying examに合格したあとは研究を中心に行い、Oral defenseを経て卒業となります。基本的に3つの研究テーマ・計画書を立案して研究を行なっていきますが、研究に要する時間は専攻によって異なります(元々存在するデータベースを用いて研究を行う場合と、一から自分でデータ収集を行う場合で、研究に要する時間は大きく異なります)。

公衆衛生は、疫学以外に、医療政策、医療管理学、生物統計、環境衛生、栄養、行動科学、国際保健など、専門が多岐に分かれる領域です。各分野によって提供される課程、カリキュラム、また、学生の属性が異なります。ここまで米国の疫学・公衆衛生分野の大学院について簡単にご紹介しましたが、これらはあくまで私の知見に基づいていますので、ご自身で最新の情報確認をぜひお願いします。

3. 米国大学院の出願プロセス(疫学、公衆衛生分野)

私は修士課程、博士課程と2回出願を経験しましたが、よりtips があると感じた博士課程出願について書きます。まずキーメッセージとして、
1) 出願するプログラムを決めたら、アドバイザー候補の教授を必ず探す
2) 出願前に一度、教授とミーティングの機会をもつ

ことを大切にしてください。というのも、博士課程の出願では、自分の研究・関心領域とアドバイザーの研究領域のマッチングが良いことが何より重要だからです。

私が経験した中では、採用プロセスは、
1) PhDプログラムが一括で学生採用を決定し、その後にアドバイザーが決まるパターン
2) アドバイザーが合格者を直接決めるパターン
の二つに分かれました。どちらのパターンでも応募者の関心領域とマッチする教授がいない場合、合格することはありません。アドバイザーとのマッチは、Statement of purpose (SoP)を書く上でも大切になりますので、早めの準備をお勧めします。

また、私は合計で8つのPhDプログラムに出願しました。出願する数については色々な意見がありますが、疫学分野のPhDプログラムの合格率は4-5%であり、より多くのPhDプログラムに出願する方が合格確率は上がります。逆に自分の興味と強くマッチする2、3のプログラムにのみ出願するという戦略を取る人もいます。

一般的な書類準備の説明は省略しますが、個人的には、SoPと推薦状の2つが合格を決める上で大切なファクターだと感じました。

まず、SoPは、アドバイザーとのマッチについて書類審査の段階でPRできる唯一の書類です。私の場合、

  1. 疫学に興味を持ったきっかけ、どうしてPhDに進学したいのか
  2. どうしてXX大学に出願するのか(YY教授とこんな研究をしたいという簡単なプロポーザル)
  3. PhDを取った後、どこで何をしたいのか

という3部構成でSoPを書きました。博士課程の出願では、2. の研究テーマのプロポーザルが大切ですが、自分の興味をそのまま書いたのではアドバイザー候補の教授の研究領域と必ずしもマッチしません。そこで、YY教授が行っている研究プロジェクトを調べ、その中で自分の興味とマッチが強い部分を探し、自分の研究興味を示した上で、こういう研究を行うことが可能ではないかと提案する形式を取りました。

公衆衛生領域であれば、以下のURLから研究者が獲得した研究資金一覧(NIHやPCORIのグラント)を検索することが可能です:https://reporter.nih.gov/

キーメッセージの2)でミーティングの機会を持つことをお勧めしましたが、そこで自分の研究興味について話すとともに、先方が行っているプロジェクトについて話を聞くことで、SoPの研究プロポーザルの部分をより豊かにすることができます。

次に、推薦状は、出願先のPhDプログラムにとって部外者である自分を客観的に評価してくれる重要な書類です。可能であれば、日本の会社・大学・研究機関に所属している人から3通もらうのでなく、出願先国の人に1通推薦状を書いてもらうことをお勧めします。私は、2通を日本のメンターに書いてもらい、1通をその時所属していた修士課程のメンターに書いてもらいましたが、この1通が非常に効果的であったようです(実際に、面接に呼ばれた先の教授からそのように言われました)。

最後に、大学からの資金援助について述べたいと思います。米国の公衆衛生分野の修士課程は大学からfull scholarshipが出ることは非常に稀ですが、博士課程はfully-fundedであることが多いです。何かしらの条件と引き換えに、学費・医療保険が大学から補填され、一定額の生活費が支給されます。この資金源が大学である場合と教授のグラント(獲得研究資金)である場合があり、資金源に応じて合格者を決めるプロセスに違いがあります。大学が資金源である場合は、プログラムが合格者を一括で決め、その後にアドバイザーが決まりますが、教授のグラントが資金源である場合、アドバイザーが合格者を決めます。後者の場合、アドバイザーのグラントが切れたりアドバイザーが他大学に移籍した際に他の資金源を探す必要性が生じ、fully-fundedと謳っていても内容がやや不安定なものとなることがあります。

大学からの資金援助の条件ですが、Teaching assistant (TA)やResearch assistant (RA)を求めるものが多いです。この期間や時間はプログラムにより様々です。私のプログラムでは1.25年相当のTAが求められます。また、近年は大学側も資金繰りが苦しくなっており、PhD学生にNIHグラント申請を勧めることがあります(T32 grantがその一つです)。このグラントはinternational studentに申請資格がないため、資金繰りの苦しいPhDプログラムの中には、米国籍を持つ学生を多く採用する傾向のものもあります。ただ、こういった学生採択の傾向に関わらず、自分の興味領域に合わせてプログラム・アドバイザーを選択するべきという基本方針は一貫していると思います。

4. どうして米国の大学院に進学するのか

これは海外の大学院に出願しようという人の多くが一度は考えるテーマだと思います。近年は日本国内でも公衆衛生大学院プログラムが充実しており、本当に海外に行く必要があるのか悩むことがあるかもしれません。私の場合は、
1) 米国の大学院で学ぶ経験を一度してみたかった
2) 自分の研究領域の将来性に疑問を感じており、分野として先をいく米国の研究者がどのような将来像を描いているのか興味があった

という2点から米国大学院に出願することにしました。

ただ、実際に渡米するまでは、上述の動機も曖昧としたものでした。こちらにきてみると、研究プロジェクトの進め方や、研究のどの部分にこだわるのか、授業のあり方(TAによるoffice hourがとてもしっかりしたもので驚きました)など、自分がこれまでいた環境と多くの点で違いがありました。私はこちらに来てから子どもが生まれたのですが、育児環境・文化にも違いがあり異国に来たのだと実感しています。

5. 最後に

ここまで、疫学・公衆衛生領域の米国大学院について書かせていただきました。

公衆衛生というと、日本では医療関係者が関わることの多い領域と認識されているように思います(実際、日本のMPH進学者には医療関係者が多いです)。しかし、米国に来てみると、多種多様なバックグラウンドの人が公衆衛生大学院に所属していることに気がつきました。ぜひ、多くの方に公衆衛生・疫学に興味を持っていただければ幸いです。

この記事を読んで、海外大学院進学に興味を持ち、前向きに検討する方が少しでも増えればと願っています。

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