1. 自己紹介
2024年秋からスイスのチューリッヒにあるETH ZurichのMaster of Quantum Engineeringに進学します。このコースはDepartment of PhysicsとDepartment of Information Technology and Electrical Engineeringによって提供されているコースです。工学の視点から見た原子物理、特に原子を用いた量子コンピュータについて研究したいと思っています。2024年3月に東京大学工学部物理工学科を卒業して、現在は半年間のギャップイヤー中です。
注釈:本記事で述べる内容は、主にETH Zurichの物理系分野に進学する著者の周辺の情報に基づいています。他大学や人文系などの分野では、状況が異なる可能性がありますので、ご留意ください。
2. スイス留学の魅力が広まってほしい!!!
海外大学院への進学は、XPLANEを含む多くの先輩方が情報を共有してくださったおかげで、以前よりも身近な選択肢となってきています。しかし、それらの情報の多くはアメリカの大学院を念頭に置いて書かれているため、偏りがあるのが現状です。そのため、「海外大学院に興味がある」という思いが、いつの間にか「アメリカの大学院を受験する」ことと同義になってしまうことがあります。
そこで、私は敢えて「スイス留学の魅力」について伝えたいと思います。私自身、大学院受験の前に1年間スイスに交換留学し、その際にスイスの魅力に取り憑かれたことで、結局大学院もスイスに進学することを決めました。
この記事では、なぜ私がアメリカではなくスイスを選んだのか、スイスの受験プロセスの特徴、そしてアメリカとは異なる準備が必要な点などについてお伝えします。ただし、ここでは受験の全体像ではなく、スイスの大学院に特化した情報を提供することに重点を置いています。受験全体については、船井情報科学財団の奨学生として進学までの経緯をまとめた別の記事をご覧ください。
3. 大学の仕組みとお金の話
スイスの大学院について理解するには、まず大学の仕組みを知ることが重要です。スイスでは、学士課程、修士課程、博士課程が明確に分かれています。博士課程に進学するには、修士号の取得が必須条件となります。私自身、最終的にはPh.D.の取得を目指していますが、まずは修士課程に入学する予定です。
スイスの大学院における経済的な側面について触れておくと、博士課程の学生には給与が支給されますが、修士課程の学生には基本的に給与は支給されません。
4. 生活と文化
スイスの公用語はドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語の4つで、チューリッヒはドイツ語圏に属しています。しかし、街中を含め多くの人が英語を流暢に話すため、英語しか話せなくても日常生活で困ることはあまりありません。また、大学院のプログラムは全て英語で行われるので、語学面での心配は不要です。
スイスの大学院には、ヨーロッパを中心に世界中から学生が集まるインターナショナルなコミュニティがあります。大多数の学生が英語を第二言語または第三言語として話しているため、英語がコミュニケーションの中心となっています。同時に、日常的に他の言語もあちこちで飛び交っているので、多言語環境を肌で感じられる面白い環境でもあります(もちろん、英語で話しかければ、みなさん英語で対応してくれるので安心してください)。
スイスは物価が高いことでも有名ですが、その副作用なのか非常に治安がいい国で安心して過ごすことができます。また博士課程の給与水準も十分に高いので、学業・研究に集中できる環境です。
スイスはヨーロッパの中心に位置し、アクセスが非常に良いため、多くの国へ電車、バス、飛行機で簡単に行くことができます。さらに、シェンゲン協定[編注1]のエリア内であれば出国検査もないため、週末などにふらっと海外旅行に出かけることも可能です。
また、スイスの大きな魅力の一つに、アルプスの山々でのレジャーがあります。スキーやハイキングなど、様々なアクティビティを楽しむことができるので、ぜひおすすめしたいポイントです。
5. 受験準備
私がスイスの Master of Quantum Engineering に出願する際に必要だった書類は、Statement of purpose (SoP)、推薦状2通、成績証明書、英語のスコア(TOEFL/IELTS)、そしてGRE generalの結果でした。私は同時にアメリカのPhDコースにも出願していましたが、スイスの修士課程ではGRE generalの受験だけが追加で必要でした。
SoPは、プログラムに参加する動機を述べる文書で、海外大学院の応募時によく求められます。私はXPLANEの執筆支援プログラムを通じて、メンターの方に準備のお手伝いをいただきました。スイスでは修士課程と博士課程が分離されているため、コースワーク中心の修士プログラムに応募する際、アメリカのPhDコース向けのSoPとは異なり、PhD取得までの長期的な目標ではなく、修士課程における短期的な目標に焦点を当てるように調整しました。
英語のスコアについては、TOEFL100点またはIELTS7.0が必要でした。推薦状は、交換留学中にお世話になったETHの研究室の指導教員と、日本での卒業論文の指導教員に書いていただきました。
特筆すべきは、GRE generalが必須だったことです。[編注2] これは、EU内の学生には課されていないことから、受験者が多くない大学の成績を補正する目的があると思われます(高い受験料なので、止めて欲しいですが…)。参考までに、私の点数はverbal: 148, quantitative: 170, analytical writing: 3.0でした。
6. 進学先をどう選んだか
私は、アメリカの大学院のPh.Dコース3校、スイスでETH Zurichのmasterプログラムの計4校に出願しました。出願先を決める際は、自分がやりたい研究分野で先進的な研究を行っている大学を厳選しました。通常は、より多くの大学に出願することが推奨されますが、私はETHに合格する自信があり、指導教員からも安心するよう言われていたため、ETHよりも魅力的だと感じた大学のみに出願しました。ただし、特別な事情がない限り、多くの大学に出願する方針に賛同します。
その中で私がオファーを頂けたのはETH Zurich Master of Quantum EngineeringとCornell University Electrical and Computational Engineering PhDコースでした。最終的な進学先を決める際、私はETHとCornellの間で悩みました。両校ともに、交換留学やResearch Internshipを通じて指導教員、ラボメイト、研究環境、生活環境などを理解しており、どちらも良い選択肢だと感じていました。そのような接戦の末に差をつけるとなると、Cornellが田舎にあり、私にとって物足りなさを感じたこと、そしてスイスでの生活が非常に魅力的だったことが、ETHを選ぶ決め手となりました。最終的には、直感的に「どちらの大学でより幸せになれるか」という基準で決断しました。
7. つまり、スイスへ大学院留学するためには何が大切?
スイス大学院留学を実現するためには、主に二つのポイントがあります。それは、お金を確保することと、合格することです。
スイス大学院留学の資金源として最も重要なのは、奨学金と自己資金です。留学先の大学でティーチング・アシスタント(TA)などのアルバイトをすることもできますが、労働時間に制限があるため、過度に当てにすることは避けたほうが賢明でしょう。奨学金や自己資金を中心に、留学の資金計画を立てることをおすすめします。私は船井情報科学財団から修士課程の間の奨学金を頂いて修士課程の間の生活費を賄う予定です。
スイス大学院に合格するためには、完璧な成績に越したことはありませんが、日本からの留学生が少ないため、成績だけでは実力を正確に評価することが難しいのが現状です。そのため、成績の良し悪しよりも、推薦書の内容が合否に大きな影響を与えると考えられます。私の場合、交換留学時のETHでの指導教員の推薦状が、ETHの基準で見た私の実力を的確に伝える手段となりました。この点は、以前ETHで修士号を取得された方も指摘していました。したがって、交換留学やサマーインターンシップなどを通じて、志望大学院の関係者や国際的な学生コミュニティの中で自分の実力を示す機会を作ることは、合格の可能性を高める上で非常に効果的だと言えるでしょう。
8. これから海外大学院へ出願する人へのメッセージ・アドバイス
この記事では、スイス留学という選択肢の魅力と、その実現に向けたポイントをお伝えしてきました。でも、何より大切なのは、皆さん一人ひとりが自分の人生にとって最善の選択を見つけることです。
私自身、海外大学院への進学を決める際、多くの情報を収集し、悩むことも多くありました。皆さんも同じような経験をされているかもしれません。この記事が、そんな皆さんにとって、自分の進路を考える上で一つの参考になれば嬉しいです。
海外大学院への留学は、新しい環境で学び、研究に打ち込むことができる貴重な機会です。世界中から集まる優秀な学生や研究者との交流は、皆さんの視野を広げ、人生を豊かにしてくれるはずです。
もし何か質問などありましたら、XPLANEのSlackかXで@Yuto_Motohashiまでご連絡ください。皆さんの留学準備に少しでもお力添えできれば幸いです。
*本記事の写真はチューリッヒにいる友人に提供していただきました。
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【編注】
[1] シェンゲン協定: 29の欧州諸国からなる加盟国間の貿易やビジネスの交流を活発化、迅速化させるための協定で、加盟国間では国境検査なしで国境を越えることができる。(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%82%B2%E3%83%B3%E5%8D%94%E5%AE%9A )
[2] 同じ国の中でも、GREを課すか課さないかは大学や学部、学科によって異なります。。GREについてはこちらの記事も参照してください。