修士留学に「オランダ」という選択肢を 【XPLANE TIMES 院留学の本棚】

本記事はXPLANE TIMES(ニュースレター)第2号(2023年10月1日発行)内の連載企画『院留学の本棚』に掲載された記事です。
連載企画『院留学の本棚』では、海外院生の大学生活、研究生活に焦点を当て、大学院留学についてあまり知られていないトピックや、留学志望者にとって有益な情報を提供する記事を掲載しています。第3回の今回は、ユトレヒト大学のArts&Societyプログラムの修士課程に在籍されている木村さんに、留学先としての「オランダ」という国についてご寄稿いただきました。

この記事を読んでいるみなさんは、修士留学について関心のある・具体的に考え始めている方が多いと思います。では、みなさんは、どのような留学後の未来予想図を描いているでしょうか。どうして、その未来予想図に留学が必要なのでしょう。私がこの記事を通じてみなさんにお伝えしたいのは、ランキングや社会的ステータス、周囲の考えよりも、「自分」と向き合う留学をしてほしいということです。日本人にとって、まだまだマイナーな選択肢であるオランダ留学生活について知っていただくことで、納得感のある留学実現の一助となれば幸いです。

■ ユニークなコースと実践的なカリキュラム

オランダの大学が提供するコースには、「痒い所に手が届く」という表現がぴったりだと感じます。実際に私が所属しているコースが、Arts and Society。現代における芸術実践が、現代社会の様相をどのように表象しているかを学ぶコースです。「現代アートシーンと現代社会」というピンポイントなテーマ設定ではありますが、扱う学問領域は、マネジメントやキュレーション、ポストヒューマニズムや都市化、クィア理論やポストコロニアル理論など、きわめて領域横断的です。

このように、日本では十分に学問化されていない新しい分野、また、特定の学問分野の中でもより自分の関心に即した領域に特化して学べる点が、オランダ留学の大きな魅力だと思います。それに加え、ほとんどの修士課程が1年間であり、特にユトレヒト大学では、インターンシップがカリキュラムに組み込まれていることが多いです。社会において求められる特殊・専門知識を短期間かつ実践ベースで学ぶことができるため、アカデミックなキャリアにとどまらない、柔軟なキャリア選択がしやすい環境にあるといえます。

多国籍な環境で日常を学びの舞台に

オランダには、世界各国、特にヨーロッパから多くの学生が集まります。これは、オランダの高い教育水準と、EUの学生向けの手頃な学費が大きな理由と思われます(オランダでは、「オランダの学生 < EUの学生< その他留学生(日本人を含む)」の順に学費が高くなります)。インターナショナルな環境で生活できるため、複数の文化や価値観と日常的に触れ、理解していくチャンスに溢れています。

その一方で、オランダ、特にユトレヒト大学では、日本人学生、東アジアからの留学生の数がかなり限られています。私自身、日常的に交流する友人の中に日本人はいません…。留学される方のニーズは本当にそれぞれとは思いますが、「せっかく海外で学ぶのだから、できるだけ日本とは違う環境に身を置きたい」という方には、特におすすめできる留学先といえます。

コースメイトと定期的に行うプレゼンテーション・ミーティング。自分の関心に合わせて自由にプレゼンをしながら、食べたり、飲んだり、話したり。

エンゲージするほど楽しくなる授業スタイル

Arts and Society の授業スタイルはディスカッションがメインで、レクチャースタイルの授業でもペア、またはグループでの意見交換の時間が頻繁に設けられます。グループプロジェクトも多く、私も現在履修している3つの授業全てでグループワークに取り組んでいます。

また、学部時代にイギリスのマンチェスターで1年間の交換留学を経験した私が、特に強く感じるのが、交換留学と修士(正規)留学は全く異なるということです。交換留学時にも、ディスカッションベースの授業や膨大なリーディングに四苦八苦していましたが、修士留学は授業の難易度、リーディングの量、課題のレベル全てが桁違いにレベルアップします。私の場合は、中でも言語と内容の2つの壁に直面しました。

私は学部時代、国公立大学で20世紀西洋美術史学を専攻し、卒業論文も日本語で執筆しました。一方で現在は、専攻外だった理論や概念について、完全第二言語の英語で学んでいます。そのため、平日は10時から18時まで図書館で勉強、帰宅してからも2時間程度勉強に当てています。試験期間には、メンタル面でもギリギリの状態になりながら、コースメイトと互いに鼓舞し合い、何とか乗り切ることができました。では、つらいのか?と言われると、厳しいけれど楽しいというのが本音です。確かに授業は難しく、課題も多いですが、授業の質は本当に高いです。「飽きる、つまらない」と感じる場面はほとんどありません。また、ディスカッション、グループワークベースの授業スタイルも、自分の意見を言語化する、他の人の意見と自分の立場を比較、すり合わせながら新しい考え方を生み出していく、とてもいいトレーニングになっています。

授業後には、コースメイトみんなで円を作っておしゃべりするのが恒例です。1時間くらい立ち話することもしばしば。。。

フラットな地形が生み出す、教授とのフラットな関係

オランダは平らな地形のため、ほとんどの人が自転車を日常的に利用し、街中に運河が広がっています。このフラットな地形がオランダ人の国民性にも影響しているそうで、事実、大学の教授たちは学生との間に、フラット、すなわち対等な関係を好みます。「先生と学生」というような上下関係を感じる場面はほとんどなく、メールですら、ファーストネーム呼び捨てが基本ね!といった感じです。そのため、授業のディスカッションでは、「変なことを言ったらどうしよう」などの不安やストレスを感じることなく、自由に発言しやすい環境があります。質問や意見も、思いついたらその場で聞くスタイルなので、「今の解釈はどこから来たのか?」といったモヤモヤもその場ですぐに解決できます。また、自分が投げかけた質問や意見が授業全体のディスカッショントピックになることもあり、「自分もクラスの一部である」という「参加感覚」を楽しむことができます。

オランダで暮らすということ

研究や授業に関する内容から離れ、オランダの日常生活についても書いてみたいと思います。まず、オランダ留学では、英語を話すことができれば問題なく生活することができます。というのも、オランダは非英語圏で英語力がトップレベルであり、ほとんどの人が流暢に英語を話すからです。

さらに、オランダ人の国民性としては、率直さやもったいない精神を日常生活でよく感じます。例えば、正直であることが良しとされる文化であり、ネガティブなことであっても、相手にはっきり伝えることを重視している人が多いように感じます。また、時間の無駄を好まないため、事前予約は不可欠、交通機関は多少の遅れはあれど、何分遅れているのかをアプリで常に確認できて、さらに、スケジュール帳もポピュラーだそうです。この点は、日本人の国民性と似ているかもしれません。

その一方で、オランダ留学の最も大きな壁となるのが、住居探しです。実際に、ユトレヒト大学を含むオランダの大学の多くは、十分な数の学生寮を確保できておらず、きわめて限られた学生寮の抽選に漏れた学生は、自分で住居探しをすることになります。しかし、オランダ自体が慢性的な住居不足に直面しており、現地の方であっても、住居探しに苦労する状況です。そのため、1) 渡航前に住居を見つけられず、留学を諦める。2) SNSを通じた住居詐欺被害が日常的に発生している。3) 一時的な住居契約しかできず、オランダ渡航後に、授業と並行して住居探しをする。4) 理想とする家賃や設備とは異なる住居を選ばざるをえない。といった問題が日常的に生じています。私自身、大学が用意した学生寮に入ることができず、自力で住居探しを行った結果、何とかホストファミリーを見つけることができました。このように、オランダ留学に関心のある方は、特に住居に関して、早期から情報収集しておくことを強くおすすめします。

大学図書館からの帰り道にパシャリ。ユトレヒトは運河とオランダらしい建物が広がる、伝統的な街です。

■ 見えない選択肢を見つけていく

私がオランダ留学の魅力を伝えたいと思い、この記事を書いたのには大きな理由があります。それは、みなさんに「この道を選んでよかった」と、自分自身に対する納得感と肯定感を持って留学生活を送ってほしいからです。現状、インターネット上で検索しても、英米と比較して日本人にとってマイナーな留学先であるオランダに関する情報(特に経験談やブログ)は、とても限られていると感じます。その一方で、留学を考えるみなさんにとって、より多くの選択肢の存在を知っていることはとても大きなアドバンテージになると思います。実際に私は、留学の苦労や壁を感じる場面は多くても、オランダ修士留学という選択肢を見つけることができたこと、そしてこの道を選択したことに対して、心からの納得感をもって留学生活を送っています。「知っている」ことは強みになります。この記事を通じて、みなさんの選択肢を広げることができたとしたら、とても嬉しく思います。

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