スウェーデンの博士課程生活は幸福なのか 【XPLANE TIMES 院留学の本棚】

本記事はXPLANE TIMES(ニュースレター)第3号(2023年4月8日発行)内の連載企画『院留学の本棚』に掲載された記事です。
連載企画『院留学の本棚』では、海外院生の大学生活、研究生活に焦点を当て、大学院留学についてあまり知られていないトピックや、留学志望者にとって有益な情報を提供する記事を掲載しています。第4回の今回は、ウプサラ大学で環境科学専攻の博士課程に在籍されている重井さんに、スウェーデン留学についてご寄稿いただきました。

自己紹介とスウェーデンの博士課程に進んだ経緯

XPLANEニュースレターを読んでいる皆様、はじめまして。現在、私は人口約18万人の小さい大学都市、ウプサラにて博士課程3年目を過ごしています。専門は環境科学、排水処理です。

初めてここに来たのは2019年の春で、在住歴はそろそろ6年目になります。当初は修士課程進学で来ており、その後の博士課程進学が難しいなら現地(欧州)で就活しようと考えていました。しかし、幸運なことに修士論文でお世話になっていた指導教官がタイミングよく研究資金を取れたため、2021年から博士課程に進学しました。スウェーデンの博士課程[注1]は大抵の場合、特定のプロジェクトファンドが先にあって公募が出されますが、選考過程ではPIの知り合いや、過去の学生が採用される場合もそれなりにあるため、修士論文研究やRAを通して繋がりを作る学生もいると後から知りました。

本記事では、毎年発行される世界幸福度報告[2]で上位を占める北欧スウェーデンの博士課程は幸福なのか、と題し、ここでの博士課程生活について大枠を紹介します。スウェーデンの中でも地域や学問分野によって多少の違いはあるため、そのことをご理解いただいたうえで一例として参考になれば幸いです。

[注1] スウェーデンの博士課程ハンドブック (https://phdhandbook.se/)– これは全国版だが大学別で更に詳細なハンドブックを提供している場合もある。
[注2] 世界幸福度報告World Happiness Report 2024でスウェーデンは4位。 Helliwell, J. F., Layard, R., Sachs, J. D., De Neve, J.-E., Aknin, L. B., & Wang, S. (Eds.). (2024). World Happiness Report 2024. University of Oxford: Wellbeing Research Centre.

写真:ウプサラ郊外(春)
写真:ウプサラ市街(冬)

■ ウプサラ大学での博士課程生活とスウェーデンのアカデミア

私が所属するウプサラ大学は1477年に創立された総合大学です。各学部の建物がウプサラ市街に点々としており、授業によっては違う建物に行くのに自転車やバスが必要になることもあります。自然科学系の研究生活で考えると日本で過ごした大学生活と違って面白いのは、研究室がなく、代わりに博士課程学生以降の雇用者はそれぞれ2-3人または個人のオフィスがあるということです。学部学生や修士課程学生の部屋は特になく、各自図書館やグループ学習室で勉強します。研究分野によってざっくりとグループの枠組みはあるものの、それぞれのプロジェクトベースで研究が進み、プロジェクト次第で関わる人が変わるため、そこまで大きな隔たりは感じません。むしろ細かな専門は違えど同じ部局ならば一緒に昼食を食べたりFIKA[注3]をしたりするため、思わぬ発見や共同研究のきっかけが生まれやすい環境だと感じます。

これは当たり前といえば当たり前なのですが、私の“留学”に対するイメージは修士課程と博士課程で大きく変わりました。修士課程時代は学業に専念しつつも、留学生として新しい国での生活を楽しむことも忘れないようにしていました。一方、博士課程は学割が使える雇用者なので、日々の研究活動は仕事であり、気分的には留学ではなく移住に近くなりました。責任があるためストレスもやりがいも増えました。それでも基本的なワークライフバランスはとても健康的で、ほとんどの同僚が夕方17時には帰宅し、休日や休暇はプライベートの時間として使っています。

博士課程生活の詳細は分野によって異なりますが、私が所属する地球科学部門(Earth Science Department)の博士課程は4-5年で、少なくとも論文を3本出版してからDefense(口頭試問)を迎える場合が多いです。その間に最大20%、講義をしたり実験のTAをしたりといったTeachingの仕事があります。有り難い点としては、ウプサラ大学は博士課程学生の数が多いため、(医療系を除く自然科学分野全体だと毎年約500人の新しい博士課程学生が雇われている)始める時期は様々でも同期のように感じる存在がいることです。同僚が友達にもなる可能性も高いです。また、ウプサラ大学自体の歴史が500年を超えるため、大学教育/経営の体制も整っており、各部門で博士課程学生委員会が存在します。大学の各運営委員会にも博士学生代表のポストがあり、博士課程教育に関わる意思決定機関に対し、博士学生側からの意見を伝えたり、決定事項を博士課程学生委員会側に報告する役割を担っています。

スウェーデンの博士課程は余程のことが無い限り、雇用期間内の給与が保証されており、Teachingや学生代表業務に割いた時間は延期できるため、その後のアカデミアポスト[4]に比べると安定した期間だとみられているようです。博士号取得後、ポスドク期間を経た後にPermanentな立場で大学に雇用されるまでは研究資金で自分の給与も捻出する必要があり、Permanent positionがいつ空くかどうかは運もあるため、簡単な道のりではなさそうです。

[注3] FIKA=フィカ:スウェーデン特有のコーヒーやお茶を飲みながら休憩/交流する時間、国民的文化であるため産学官問わず就業時間内に公式に設定されたFIKAの時間がある。(https://www.forbes.com/sites/davidnikel/2023/01/03/swedish-fika-swedens-premium-coffee-break-explained/)
[注4] スウェーデンのアカデミアガイド “Book: A Beginner’s Guide to Swedish Academia”(https://sverigesungaakademi.se/en/publications/book-a-beginners-guide-to-swedish-academia-2/

■ 幸福な博士課程生活を送るために

タイトルの質問に回答するならば、その時々というのが私の答えです。私にとっての幸福とは、意思決定と行動のための活力が十分にあること(=心身ともに健康)なのですが、博士課程期間は様々な波があるため、エネルギーが尽きているときもあれば、満ちているときもあります。しかし仕事なので、やる気ではなく習慣として、どうすれば残りのエネルギー消費を最低限にできるかということで気づいたことを自戒も込めて共有させていただきます。

  • 無理な目標を立てずにその都度できることから淡々とやる。(博士課程中は放っておいてもタスク無限製造できるので優先順位をシビアに精査する)
  • 自分がやらなくても良いタスクにはNOと言う。
  • 日本への一時帰国は間違いなくパワーチャージ期間になるため可能なら遠慮せずに休暇をとる。
  • 丁寧なサポートを期待せず自分から動く、遠慮なく頼む。
  • Small talkは後から効いてくることもあるので自分が直接関わる仕事以外の人と様々な話題で交流するのも良い。

北欧といえどやはりアカデミア、自分も周りも必要なときはどの時期でも働いています。が、本当に無理が出てくる前に相談できる大学の窓口や、匿名で精神科のカウンセリングを受けられる制度はあります。ただそういった制度があることは意外と知る機会がなかったりするので、研究以外の情報網を広げることもおすすめです。


写真:博士課程終了時の伝統行事 “Nailing”、 各大学の決まった場所に博士論文を釘で打ち付ける文化。”You nailed it!”が実現する。

■ 最後に

キャリアを具体的に描くのが今年のサブ目標です。今、スウェーデンに住んでいて良かったなと思うことの一つに、この国は学び直しや新しいキャリアを築きやすい環境があるということがあるため、アカデミアでもそうでなくても、様々な可能性を探って行こうと思います。

スウェーデンの博士課程はときどき幸福、という結論に落ち着いた本記事ですが、今回は触れなかったその他の長所・短所もありますので興味がある方はぜひスウェーデンの博士課程について検討してみてください。(学費無料で給与発生、毎年6週間の有給保証、プロジェクト予算や奨学金で国内外のコースや学会に参加可能、EU圏内での共同研究がスムーズ、シナモンロールの日にシナモンロールが職場で提供される、クリスマスにはランチが大聖堂で提供される、冬は日照時間が短く暗い、トリリンガルになれるがスウェーデン語習得はそれなりの時間を要する、等)

最後までお読みいただきありがとうございます。


写真:シナモンロールの日(10月4日)に職場で提供されるシナモンロール(スウェーデン語でKanelbulle)

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