物理とダンスの二重専攻から材料工学のPhDへの挑戦はいかに【海外大学院受験記2023-#9】

XPLANE連載企画「海外大学院受験記」では、海外大学院への出願を終えたばかりの方の最新の体験を共有していただいています。2023年度の第9回である今回は、この秋からミネソタ大学の博士課程(材料科学)に進学予定のかっぺさんに寄稿していただきました。

目次

1. 自己紹介

2023年秋からUniversity of Minnesota, Twin Citiesの Materials Science and Engineering (以下MSE)Ph.D. Programに進学予定のかっぺと申します。2022年6月にアメリカのミネソタ州にあるCarleton Collegeを物理とダンスの二重専攻で卒業しました。大学院にはいずれ行きたいとは思っていましたが、それがどの分野でどの学位なのかは学部在学中は分かっておらず、卒業後すぐはアカデミアの外の世界で経験を得たいと思っていました。なのでCarletonからの学生ビザに伴うOptional Practical Training(以下OPT)1を利用して働き始めました。環境問題に昔から興味があり、中でもエネルギーの分野で自分の物理の知識や経験を活かしたいと思っていたので、ミネソタ州でリチウムイオン電池関連の会社でラボラトリーテクニシャンとして働きはじめました。実際はEngineerのポジションに就きたかったのですが、自分の学位は工学ではなく物理でありかつ学士号に留まるので、最低工学の修士号が必要であると就活をしながら気づき始めました。働きはじめ、自分の好きなダンスと両立できる職場環境に恵まれつつ、学部卒でできることと自分が社会に貢献したい形が(サイエンスの分野では)違っていると思いました。仕事を続けたかったら続ければいいし、大学院に受かって行きたいなら行けばいいと思い、2022年の7月末ぐらいに大学院受験を考え始めました。

Carleton College

大学3年生の夏、DAAD RISE Germanyという学部生向けのドイツでの研究プログラムを通して、Technische Universität Ilmenauにて3か月間博士課程の学生の研究を手伝ったのですが、その経験から正直「私に博士課程は無理だなあ」と思いました。また、私の物理学部のアカデミックアドバイザーであった教授からは、「周りが大学院に行っていて他に何をしたらいいかわからないから行くのはお勧めしない」 と強く言われ、在学中全く大学院の情報収集はしておらず、院進学を決めてからはそもそも修士か博士どちらがいいのかかなり悩んでいました。多くの人に相談しながら、最終的に8月中旬ごろ、博士課程に受験することを決めました。

日本からSTEMで博士課程に進む方の多くは修士を取得していることもあり、自分に研究が合っていると分かっている上で受験する方が多いかと思います。一方私は学部卒で研究経験が少なく(在学中は研究せず、夏休みの3か月を使って毎年何かしら研究プロジェクトをやるという程度)、大学院進学をしたものの様々な理由からプログラムを途中でやめる、精神的な病気にかかるなど苦い経験を持つ人が周りに複数人いたため、博士課程に出願することの壁は高かったです。最終的に博士課程に受験することに決めた大きな理由は

  • 基本的に給料をもらえるプログラムでありつつ、本当にやめたかったら「マスターアウト2 」できる、また、「博士課程が自分の思うようにいかなくても自分次第で進路を切り開ける」とアドバイスをもらい、心理的余裕を持てた
  • 「多少の分野変更でもどこかには受かる」と確信できた会話を興味のあるPhDプログラムの教授とした

の2点です(もちろん研究したい分野がなんとなくでも定まってきた、など他にも理由はあります)。
(1)は、Carletonの卒業生何人かと話をして博士号取得が何を意味するのか吟味することができました。
(2)は、CarletonのChemistryを卒業し現在University of MinnesotaのChair of the Chemical Engineering and Materials Science DepartmentであるDan Frisbieという方と面談し、そのあとメールで自分のResumeを共有しどういう大学に出願したらいいかと聞いたところ、「いい研究経験を持っているからMaterials Scienceのプログラムにはいいところに受かると思う」といったことを言っていただけました。その教授曰くMIT, Michigan, UC Santa Barbara, Northwestern, Stanford, Illinois, Wisconsin, and MinnesotaのMSEのプログラムはいいと言っていたので、それらのプログラムから調べ始めることにしました。アメリカのリベラルアーツカレッジでは特に卒業生のコミュニティが強いと聞きますが、本当にそうだと実感します。

2. 出願プロセス

奨学金

アメリカのPhDは基本的に授業料や生活費などについて経済的サポートが得られると知っていたので奨学金についてはあまり考えていなかったのですが、大学院出願を決めてから、XPLANEのウェブサイトなどを通して奨学金獲得のメリットを知り、応募を検討しました。アメリカの学部を卒業しているため応募資格のあるものが少なく、また見つけたものの締め切りがかなり近かったので応募書類等があまりクオリティの高いものには仕上がりませんでした(書類審査すら通りませんでした)。自分のようにリベラルアーツカレッジなど研究大学ではない教育をアメリカで受けてきたけれども受かったという方もいたので、出さないよりは出してみたほうがいいと思い、応募しました。書類作成の過程で過去の奨学生からたくさんのアドバイスをいただき、自分が研究したいことについて考える機会にもなり、トライしてよかったと捉えています。また、この時点で推薦状3通が必要だったので、アメリカの学部の教授が12月に他の学生の推薦状で忙しくなる前にお願いできたのはよかったと思います。最終的にCarletonの教授2人と、大学3年生の夏にドイツで行った研究のアドバイザーであった教授に推薦状を書いてもらいました。

SOPと志望校選び

XPLANEのSOP執筆支援プログラムには人数の関係で参加できませんでしたが、XPLANEがこちらの記事で公開しているワークショップ資料を参考に9月ごろSOPについて考え始めました。実際に書き始められたのは奨学金の申し込みが終わって少し経った10月末頃でした。私は興味の分野に幅があり、エッセイを書くにもなかなか研究分野を絞らないと書き始めにくかったので教授調べにかなり時間を割いていました。MSE (Material Science Engneering)というと、古典的な固体の材料は割とどの大学でもリソースはありますが、興味分野の一つであるsoft matter, polymerにおいてもリソースが充実している、研究教授が多いところというのはそこまで一般的ではなかったので、結果的にsoft matterが強くて有名なところを中心に出願することになりました。また、私はbio-inspired research, biomimicryにとても興味があったので、そのような研究を行っている教授がいる大学も出願候補に入れました。

SOPのアドバイス

SOPのよくある構成についてはXPLANEのこちらの記事で説明されていますが、私のSOPも各大学ごとに変える部分と、あまり変えず一貫して使える部分(自分の経験など)とで構成されています。私は物理からの分野変更だったので、自分がしっかり教授の研究について調べたことが伝わるような具体性を含めることも意識しました。MITの出願支援プログラムを利用するなかで知り合った学生のSOPがとても参考になり、なかでも、自分がその大学についてよく調べていることを強調できるテクニックとして、いくつかの教授が共著の論文について言及することは、コラボレーションの雰囲気が自分の目指している環境であることを説得力もって伝えることに効果的だったと思います。

そのほか苦労した点は、「リベラルアーツカレッジに行ったことから得た強みをどの程度主張するか」です。学部の夏休みは毎年研究プロジェクトを行っていたので、インダストリーよりもアカデミアにポテンシャルがありそうな感じがしますが、研究がしたくて、大学院に進みたくて、というよりは、その時その時に自分が興味のあることで流れてきたチャンスをつかんできた結果だったので、在学中そこまで大学院に向いているコースの受講や研究活動をしてきたわけではありません。現在Applied PhysicsのPhDに通っている、私と同じCarletonの物理学部の卒業生曰く、「周りの学生の方がより多くの科学の授業を取ってきている分追いつく必要があるが、リベラルアーツ教育のおかげでプレゼン力や文章力は他の学生より高い」と感じるそうです。大学院側にとっては、研究力以外の面は正直重要でないのですが、経験が自分より多い人は無数にいるわけで、その点で勝てないのであれば自分が持つ他の長所を少しは主張していいかなと思い、リベラルアーツで得たスキルが間接的に自分の研究者としてのスキルになっていることを多少言及することにしました。

余談になりますが、アメリカの学部卒で現在PhDをしている学生にSOPを見せてもらうと、必ずしもXPLANEで紹介しているように教授2人ほど述べて具体的な興味をのべるといった形式をとっておらず、それでいて競争率の高い学校に受かっています。正直言って一貫性のない経験の羅列だなと思うエッセイもありましたが、それでも名門校に受かっているのを見ると、結局GPAなどがものを言うなと思いました。

推薦状

推薦状を(奨学金申請のために)9月にすでにお願いし、安心、と思っていたのですが、11月末頃、米国大学院学生会のニュースレターを読み、推薦状にどんな具体的なエピソードがあるといいかを知り、ドイツの教授からの推薦状に焦りを感じ始めました。ドイツの教授は、アメリカという他国の申し込みであることもあってか、奨学金申請の前に、確認で推薦状の中身を私に共有してくれました。アメリカの学部でお世話になった教授に共有し「いい推薦状だと思う」と言われたのですっかり安心していたのですが、ニュースレターで紹介されていた具体性に欠けていたので、まずいのではと思い、自分から代替案を教授にメールしました。教授は快く修正することを受け入れてくれましたが、厄介だったのは、教授はすでに推薦状を提出していたため、アプリケーション内容の変更が難しく、プログラムにコンタクトを取らないと変更できない状況でした。ドイツの教授からすると、それは不信がられるのでは、と言われ、変更を躊躇しましたが、提出内容変更はよくあるだろうと思い、押し切りました。結果問題なく変更することができました。

コンタクト

申込前の時点で教授にコンタクトを取ることが重要なのは日本の奨学金取得者などの受験記から知ってはいましたが、他のアメリカの学部卒の学生に話を聞くと特にしなかった人が大半だったので、私は本当に興味があった教授にだけメールをしました。これはプログラムによりますが、よく聞くのは、公立大学は教授がその生徒を取りたいと思えば受かりやすく、私立大学はadmissions committeeがかなり決定権を握っているのでコンタクトにはあまり効果がないようです(もちろんケースバイケースです)。申込前こそ時間に余裕がなくコンタクトの優先順位は低かったのですが、申込後は興味のある教授に積極的にメールをしました。それが功を奏したところも2,3個ありましたが、返事をくださった教授の大体は「アドミッションプロセスには関与していないから受かったらまた連絡して」という旨でした。 以下、出願結果についてまとめてみました。(写真)

そのほか

12月15日に締め切りのプログラムが多く、その日に向けて仕上がるようアプリケーションを準備していましたが、正直言って不満足な状態で15日に出願しました。締め切りから2日ほど経って頭を整理させて見直した結果、自分の納得のいくアプリケーション書類を完成させることができました。「12月15日直後はまずアプリケーションの提出物がそろっているかの確認で、実際のアドミッションには中身を読まれてないだろう」と予想し、思い切ってプログラムの人に、アプリケーションの書類を取り替えられないか連絡しました。8プログラムに連絡し、うち7つは快く私のお願いを受け入れてくださいました。締め切り日を過ぎても提出し直せるということを宣伝したくはないですが、もし締め切り日に納得のいくアプリケーションができていなくても、とりあえず締め切り日までに提出し、数日以内に取り換えの申請をすることは不可能ではないので絶望しないでほしいです。1つ取り換えを受け入れてくれなかったプログラムは、ウェブサイトにしっかり提出後は変更できないといった注意書きがありました。もちろんプログラムによりますが、アメリカはそのあたり柔軟な印象です。

3. 合格後のビジット

Covid-19の影響もあって対面でのvisiting weekend での体験をネットであまり見かけなかったので、何に着目すべきかの情報を得にくかったですが、XPLANEを通して知り合った方で既に博士課程を修了した人などに、コロナ前のvisiting weekend での体験を聞くことができました。「ビジットでしか得られない情報を数日で得ようと思うとつい準備しなければ…」という焦りがありましたが、よくウェブサイトで見かけるような質問事項から自分が聞きたいことをリストアップしてなんとなく覚えておいた上で、自然に会話を楽しみプログラムの雰囲気や同級生、上級生の様子を掴むことが自分の決断の助けになったと思います。

最初に行ったUniversity of Minnesotaのビジットでは、Chemical Engineering & Materials Science (CEMS)という合同の学科でもあるせいかビジットの人数やコンテンツが大きめでした。新しい助教授と古株の教授が1日目からギャグを交わすような親しい人間関係をはじめ、多くの場面で人間的にそして学術的にサポート環境が整った学科だと感じました。アドバイザーセレクションは、学生は8人の教授と面談をし、だんだん候補を絞っていき最終的に11月初めに3つ希望を提出しマッチングをするという体系的な仕組みです。このビジットでは3,4人の教授と話す機会があり、一人の教授との相性を見極めるというより複数人相性が合う教授がいるかを確かめるために設計されたコンテンツでした。

次に行ったUniversity of Marylandでは、想像以上に多くの学生が近くのNational Labで研究を行っていて、学科としてのコミュニティ感は他より少ないと思いました。大学のアドバイザーがいる一方、National Labで勤務しているサイエンティストの方もメンターとなり研究するようで、将来National Labに就きたい方にはもってこいのプログラムだと思います。また、半分の学生は入学前に研究アドバイザーを決めているようで、プログラム自体もMinnesotaほどしっかりアドバイザー決めのシステムがあるわけではないようでした。

UC San DiegoのMSEは、学科があるのではなくいろいろな学科の教授が所属してできているプログラムなので、学科と多少異なるストラクチャーです(例:TAの優先順位が落ちる、一方小規模なので学生一人一人の状況に対応する気力があるなど)。プログラムディレクターがメキシコからの移民で第一世代の女性であったため、マイノリティへのサポートがしっかりしてそうであり、またプログラムとして一番向上心のあるところだと感じました。MSEは合計70人の教授が所属していて選択肢に幅がありますが、合格決定時にアドバイザーも決定する方式を取っていて、後にアドバイザーを変えることも不可能ではないですが基本はそのアドバイザーの元で研究をすることになっています。なのでビジットでは特定の一人の教授とそのグループメンバーと相性がいいかを確かめる機会でした。

University of Michiganは、諸事情あり公式のビジットではなく個別にスケジュールをしてもらい、小規模でありつつ他2人の合格者と一緒にビジットをしました。このプログラムでは10月末までに所属する研究を決める必要があり、特にMinnesotaのようなマッチングプロセスはありません。なので、この3月のビジットの時点である程度研究したい教授が決まる学生もいれば、9月に入学してから決める学生もいるようです。公式のビジットほど学科の学生とかかわる機会がなく雰囲気がつかみにくい部分もありましたが、公式のビジット中にZoomで現役生と話すことができるようアレンジしてくれたり、そもそも個別のビジットをきちんとアレンジしてくれたりしたことから、学生への支援がそれなりにしっかりしている学部だという印象を受けました。

University of Massachusetts Amherst のPolymer Science and Engineering (PSE) のプログラムは、院生のためのプログラムもあってか、合格通知後からdecision due dateまでのコミュニケーションがとても親切で、学科の支援が手厚いことが感じ取れました。諸事情により公式のビジットには行けなかったのですが、対面でのビジットに参加できない留学生のためのオンラインビジットに参加し、教授との面談や学生のポスターセッションから、コミュニティ感の強い学科であると感じました。

Lehigh Universityは、R2 institution3であるため研究規模が大学全体を見渡すとおそらくR1 institutionほど大きくないのですが、学部の教授からsoft matterに強いと聞いていたので出願し、個別のビジットに行くことにしました。教授3人ほどとの面談はどれも楽しく、町の雰囲気はとても素敵で、4年間ミネソタに住んできた身からすると東海岸のLehighの街並みはとても新鮮でした。しかし都市や空港までの交通の便がさほどよくなく、結局は小さい町なので、生活の利便性からもLehighには旅行で十分と思いました。

ビジットをする中で、なかなか厳しい研究環境の中やり抜いている学生と話す機会もあり、様々なアドバイスをいただくことができました。例えば、あるプログラムが一つの分野において有名であったとき、その分野のリサーチをやってみて意外と好きではなかった場合、移動できるオプションが少なくてあまり興味のある研究ができないこともあるようです。

4. 最後に

特定の研究分野へと狭く絞っていなかった私にとって、グループ決めまでに時間と選択肢がなるべく多いプログラムが自分にとって最適であるとビジットの期間中に気づき、最終的にUniversity of Minnesotaに進学することに決めました。「出願前にそれがわかっていれば、アドバイザーセレクションを行うプログラムにもっと出したのに…」と思う一方、出願時と合格時点で自分の好みや価値観が変わっている可能性もあるので、多様なプログラムに出願したのは結局よかったと思います。なので、よく言う「最低興味のある教授が3人いるところに出願するのがいい」というアドバイスは志望校先選びで参考になる基準でした。

私は学部4年生のときではなくOPTで働いている間に出願しました。学部のときは学部でしかできないことに集中し、一方アプリケーションやキャンパスビジットにもきちんと時間を割きたかったので、個人的にこのタイムラインは自分の納得ゆく出願プロセスを経ることを可能にしてくれたと思います。XPLANEの執筆支援プログラムにこそ参加はできませんでしたが、Slackを通して知り合った方々にSOPを読んでもらうなど、XPLANEのコミュニティやリソースには大変お世話になりました。もし質問相談などありましたら、ぜひSlackに参加して気軽にご連絡ください。

【編注】

[1] アメリカの学生ビザ(F-1ビザ)の下で学位を取得した場合、一定期間OPT(Optional Practical Training)として正当なビザの下に専攻分野と関連する仕事に就き、キャンパス外で働くことができる制度。プログラム中に実施するOPTをPre-completion OPT、プログラム卒業後に実施するOPTをPost-completion OPTと呼び、これらの期間の合計は1年間(ただし、STEM系の場合3年間に延長可能)。

[2] 入学した博士号(Ph.D.)を目的としたプログラムを、修士号(Master)を得て中途退学すること。

[3] カーネギー教育振興財団による大学の分類(カーネギー分類, Carnegie classification)においては、博士号を授与する大学を研究活動の規模を元にR1。R2、R3に振り分けている(R1が研究規模が最大)。 (参考リンク:リンク1, リンク2, リンク3)

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